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本日は解呪日和  作者: 朱潮 一初
新古書店街

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15/51

15.成長

 依那との恋話に幕を引き、誰もいない縁紡ぎに静寂と晦冥が戻ると、我に返った琴と桜は今日のやらかしに意識を支配された。


「干渉しすぎた・・・どうしよう・・・消滅か・・・」

「灯魄様はずっと執務室にいた・・・はず・・・」


 魂迎行者(死神)が失態を犯せば即【消滅】が定石。


 桜は『天使』発言を後悔していない。依那の魂の行く末を監視するのがお役目。そこからは逸脱していない・・・はず。


 琴は千壽の魂の行く末を監視するのがお役目。依那に愛称呼びを勧めたのは、千壽の魂の成長に必要な助言でありお節介ではない・・・はず。



 コツ・コツ・コツ・コツ・コツ・コツ―


 規則正しい靴音が二人の背後から聞こえてきた。

 二人は足音に合わせるかように体の自由が段々と奪われ、身を硬直させたまま足音の主を待つしかなかった。



 二人の視界に入らない位置から声が届いた。


「琴、桜・・・依那の—話を—熱心に—聴いていた—ようだ—が・・・」

 疑問でもなく、問いでもなく、単純な言葉の羅列に、二人の声帯は締め付けられ声を発せない。



「桜。いつ『天使』に鞍替えしたかな・・・」


「琴。ずいぶんと『蛇足』が過ぎるね・・・」


「さぁ、答えて・・・答えいかんでは・・・わかっているね」

 闇から重く響く灯魄の声は、この世の全てを飲み込むように二人を逃さない。


 桜の解は、

「依那を見守るお役目上、嘘も方便。後悔はなし」


 琴の解は、

「千壽の魂の成熟のため、失言上等。後悔はなし」



「なるほど。後悔はないと言い切りますか・・・」

 灯魄の無機質な言だけで、琴と桜にプレッシャーを与えるには十分だった。


「「・・・はい」」



「では、沙汰を言い渡す」

 琴と桜は灯魄の言葉の続きを身を固くして待った。


「沙汰保留。これからの石口依那と千壽一礼の魂の変容次第で存在を消滅。これからも役目を果たすように、以上」


「「畏まりました」」


 (灯魄)の気配が消え、琴と桜は消滅していないわが身を抱いた。


「「・・・怖かったぁ」」


「これが【恐怖】」

「これが【怖気】」

 初めて味わう感覚に二人は呆然とただ立ち尽くすことしかできなかった。



 ―――・・・・・・《縁紡ぎ》のドアが静かに開いた。


「あれ~? 琴さんと桜さんは何でそんなところに突っ立ってるの?」

 これまでの重い空気を薙ぎ祓うような、呑気な声が店内を吹き抜けた。

 この呑気な声の持ち主は〔探索者〕家業をしている秋葉だった。


「今の視てましたか?」

 琴は体の動きがぎこちないまま秋葉?に問うた。


「いや、『いま店内に入ったら巻き添えを喰うぞ!』って、俺の危険察知が働いたから落ち着くまで外で待機してた。やっぱ俺の感知能力はすごいね! まだ探索者としていけるな!」

 秋葉は得意げな表情で親指を立て、白い歯を見せながらウインクをした。


「・・・ふぅ。秋葉さん? 戻ってきたんですね」

 桜は屈託のない彼の笑顔に重圧から救いだされた気持ちと、得も言われぬ胸の内のざわつきを感じながら秋葉?に向き合った。


「しばらくの間、またこの辺で活動しようと思ってさ。それで《和名:秋葉》のままで・・・ってことでよろしく頼むよ。琴さん、桜さん!」


「わかりました。秋葉さん」

「よろしくお願いします。秋葉さん」

 二人は礼を執った。


「・・・で、今度は何をらやかしたの?」

「私は少々の方便を・・・」

「私は少々のお節介を・・・」

「・・・そっか。二人ともやらかしたのを自認してるなら成長している証だね! 成長しているモノ(死神)を切り捨てる灯魄様ではないからね。消滅してないのが何よりの証拠だよ。灯魄様なら何かあれば即消滅を選ぶからさ!」

 ニカッと笑う秋葉を見て、琴と桜は別の意味で恐怖した。


「それで、今回のご用件は何でしょう」

 桜が平静な状態に己を切り替えた。


「今回は《MAKAFUSHIGI》から【護符】の依頼があって、灯魄様にお願いしようかと思ってさ・・・」

 秋葉はカバンから〔依頼書〕が入った封筒の束を取り出し、桜に渡した。


「拝見します」

 桜は封筒から依頼書を出し、一枚ずつ確認しながら、

「一枚目【裁判勝訴】。二枚目【縁結び】。三枚目【悪夢退散】。4枚目…5枚目……9枚目...10枚目。では、これらの依頼はお引き請けします。こちらの【呪詛返し】は否です。他を当たってください」

 九ツ(ここのつ)の封筒を手元に残した桜は、一ツ(ひとつ)の封筒を秋葉に返した。


「・・・そう。一応、否の理由を聞いてもいいかな?」


 桜は封筒から依頼書を抜き出し、書かれている依頼者の名を指しながら、

「こちらの依頼者からは【ライバルを蹴落とす護符】【自分を馬鹿にしたやつを不幸にする護符】を十数枚など、以前から他者を【呪う】護符の依頼がありましたので用立てました。灯魄様の【呪詛】を灯魄様が【呪詛返し】するようになり、まるでテニスボールの打ち合いを永遠にするようなものなので意味を成しません。また、今さら我が身可愛さに守りを欲しても後の祭り。『人を呪わば穴二つ』です」


「・・・なるほど。それなら尚のこと依頼者は【呪詛返し】を欲しがるだろうな」


「ええ、そうでしょうね。依頼者が私共(琴と桜)の監視対象者ならどんな手を使っても導きますが、この依頼者は対象外ですので、この方の行く末に関心がありません」


「そっか・・・それなら他の〔術者〕に依頼しないとだなぁ」


 桜は先ほど感じたばかりの【恐怖】を思い出した。

「灯魄様に【(わざ)】の勝負を挑もうとするなんて、考えただけでも【怖い】です」

「それもそうだな。俺もまだ消滅したくないからな」

「えっ、秋葉さんも何かあれば灯魄様に消滅させられるのですか?」

「灯魄様にかかれば俺なんて瞬滅だよ。これまで数え切れないほど滅しているんだから、灯魄様は。まぁ、理に反することをしなければ大丈夫だろうよ・・・」

「つかぬことをお伺いしますが、灯魄様と秋葉さんはいつからのご縁なのですか?」

「俺と灯魄様か?・・・覚えてないほど昔だろうな・・・気付いたらそこに存在(いた)したからな」

「そうなのですね・・・失礼しました。愚問でしたね」


 何かを思い巡らせている桜に、

『自分の存在意義が欲しくなっているのだろうな』と秋葉は桜の微笑ましい姿に見守ることを決意した。


「それなら、この依頼は【否】で《MAKAFUSHIGI》に通達しとくよ」

「はい。賢明なご判断かと」


 話が終わるのを見計らい、琴は秋葉のテーブルに梅茶を置いた。

「秋葉さん、梅茶です」

「ありがとう。読心術かな。いつもながら見事だよ!」


 秋葉はグイッと梅茶を一気に飲み干すと、

「護符は出来上がった頃に取りに来るから、灯魄様によろしく伝えてくれ」


 ―――・・・・・・秋葉はドアを開け、静かにくぐり外へ出た。      




 久々に姿を見せた秋葉を観知していた灯魄は、

『秋葉はずいぶんと修練を積んで、能力に磨きをかけたな』と感心しながら、琴と桜なら正しく応対できることを承知していたので、そのまま自室に戻った。


 琴と桜に『沙汰保留』を言い渡した灯魄は、自室のソファーの背もたれに深く身体を預け、そのまま天を仰いだ。灯魄の口角は上がっていた。自分でもその表情に気づいていた。


「悪くない」

 ぼそりと呟いた灯魄は安堵していた。


「琴と桜は確実に成長している。・・・善い哉」


【意思】【疑問】【色】【姿】【声】【願い】を初めて持ち《琴》《桜》と名を与えられた二人が、初めて【怖れ】を感じた。


 更に、『『後悔はなし』』 と言い切った琴と桜は【自我】を持った。


 命じられるままに動く ❲傀儡❳ ではなく、自我を持ち己の意思に従って行動した琴と桜を、灯魄は誇らしくも感じた。


「【庇護心】も持ったな。今日一日で随分と進歩した・・・善い哉」


 琴と桜の前では平然声を装い、己の内を悟られないように振舞った。


「でもまだ足りない。ここで頭打ちにしたら勿体ない」

 灯魄は琴と桜を遠くない未来に自分の手元から放つもりでいる。


「まだまだ・・・だ」

 灯魄は己を鼓舞するように、言を吐き続けた。







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