14.愛故
話に一区切りつき、ホッ…と息をついた依那の前に、桜はレモンスカッシュを置いた。
「ふふっ……桜さん、ありがとうございます。『何かすっきりとしたものが飲みたいなぁ』って思っていたところなんです」
「ええ、話はまだ終わっていませんからね。これからが本番です」
桜は琴の隣の席、依那の正面に座りなおした。
「依那さん一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
珍しく琴が依那にお伺いを立てた。
「ええ、琴さんどうぞ」
「【ラファエレイ】のことですが、彼の様子はどうですか?」
「ラファエレイですか?……あっ…もしかして千壽さんのことですか?」
「はい。先程の話から推察するに、前世近衛騎士のラファエレイは、今世の【千壽一礼】かと」
「そうなんです! 琴さん最高です。私の話を聞いてそこまで気付いてくれるなんて!」
依那は興奮を隠さずに、
「今世でラファエレイに逢えるなんて思っていなくて……小さい時から読んでいた王女様と近衛騎士の恋愛小説が大好きで、身分差で添い遂げられない現実的な話より、駆け落ちして幸せをつかむ話や、困難を乗り越えて結ばれる関係にずっと憧れのような思いがありました。そして、『ラファエレイに会いたい』『今度こそ自分の気持ちをラファエレイに伝えたい』って心の中の自分ではない王女の願いをずっと感じて生きてきました。生まれ変わりや輪廻などいろいろ本を読んで、二人の生まれてくるタイミングがずれてしまったら出会うことは叶わないと知り、半ば諦めていた時に千壽さんに出逢えました。今世では二十歳の年齢差ですが、前世と変わらない実直な彼の瞳を見た時『ラファエレイ』だとわかりました……すいません。嬉しくて興奮しちゃいました」
頬を赤らめた依那は恋する乙女そのものだった。
桜は『依那はもっとラファエレイのことを話したいのだな』と依那を慮ってお伺いを立てた。
「今世の二人のなれそめを聞いてもいいでしょうか?」
「…えっ……はい。聞いてくれますか?…少し恥ずかしいけど聞いてください」
「実は、火事で負った怪我や精神的な治療に約一年を要しました。その間、親戚宅で厄介になりながら入退院を繰り返しようやく落ち着いたころ、その親戚と相続のことで揉めてしまい……一人暮らしをしようと思って、そのことを友人に相談しに行きました。火傷跡を見られたくないという理由もありますが、『人と接するのが怖い』と友人に話したら、『それなら打って付けの人が一人いる!』と、友人の親戚の方を紹介されました。その方はカウンセラーと兼務でバーを経営されていて、そのバーに住み込みで仕事をしないかということになり、しばらくお世話になることにしたんです。仕事は主に開店前の準備と閉店後の清掃などを任されて半年がたった頃でしょうか……千壽さんに出会いました」
依那は『うんうん—』と頷きながら静かに聞いてくれる琴と桜に微笑みを返して、レモンスカッシュを口にした。
「ある日、開店前準備をしていた時に、背後で店の入り口のドアが開いたのがわかりました。オーナーから『友人が訪ねてくるけど、もし自分が間に合わなかったら中に入れておいてくれ』と言われていたので、その人かな? と思って振り返ったら、そこにラファエレイが立っていて……息ができないくらい驚きました」
「そうなのですね。何故【ラファエレイ】だとわかったのですか」
静かに聞いていた琴が、突然に質問を投げかけた。
「それは、同じ瞳をしていたからです。あとは理屈じゃなくて『ラファエレイだ』って魂が知っていたから…ごめんなさい。変な説明しかできなくて。衝撃が走ったというかそんな感じです」
「いえ、こちらこそ嫌な質問の仕方をしました。しっかり二人の絆が結ばれていてホッとしました」
琴は頭を垂れた。
「琴さん頭を上げてください」
困り顔の依那に助け舟を出すように、桜は頭を下げている琴の背に優しく手を置いた。琴は頭を上げ、桜に目配せをした。
それを受け桜は依那に、
「依那さん、いまから恋愛のお話をしましょう」
「えっ…この流れで恋愛の話ですか?」
「ええ、ぜひ依那さんと千壽さんの恋愛の話を聞きたいです」
琴が前のめりで依那に恋話をせがんだ。
「いや、まだ…千壽さんとは恋愛関係になっていなくて、今は【親愛】のような感じです」
「えっ、・・・ラファエレイは、跪いて『貴女のお傍に置いてください』って手を取って【求愛】したのですよね?」
琴は自分が先走って失言したと気付いたときには時すでに遅し、依那は耳を真っ赤にして顔を両手で覆いうつむいてしまった。
桜が琴の太ももをキュッと摘み、目で威圧した『許すまじ』。
「依那さん、そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。琴と私は何でも知っている【天使】。依那さんと千壽さんを見守る【守護天使】ですよ」
桜は依那を優先するあまり、自分たちのことを【守護天使】と言ってしまった。
『あとで灯魄様に叱られるだろうな』と遠い目をしたが不思議と桜に後悔はなかった。
「そうですよね。琴さんと桜さんは『天使』ですものね。知っていて当然ですね。では…遠慮なく…」
依那はレモンスカッシュを一気に飲み干した——ぷは~~。
「お店で千壽さんが跪いて『……お傍に…』って言われた時、とてもうれしかったんです。『これでずっと一緒にいられる』と思ったら居ても立っても居られなくて、すぐにオーナーに話をして、翌日には千壽さんの家に押しかけました」
「「それはなかなかですね」」
「はい。この時を逃したら、また離れ離れになるような気がして怖かったんです。さすがに翌日に押しかけたのは自分でもどうかな?と思いましたが、王女も『ラファエレイを逃すな!』と叫んだような気がしたので、心に従いました」
得意満面の表情を浮かべこぶしを握る依那は、まさに狩人のようだと琴と桜は思った。そうなると千壽の及び腰が気になるところ。
千壽は心根が真っ直ぐで信念を曲げない頑固な面がある。しかし、『愛したものを失う怖さ』が潜在意識に刷り込まれているため、他人と距離をあけ自分が傷つかないようにしていた。そんな憂いが色気となり【孤高の人】という印象を持たれていた。
琴からしたら、ただの【臆病者】だった。
「依那さん、千壽さんに自分の気持ちを伝えましたか?」
「はい。千壽さんの家に家政婦として住み込みでお世話になってから、毎日のように感謝や自分の想いなどをできるだけ伝えています。でも、前世の記憶があることは伝えられていなくて…。千壽さんも何か感じたから跪いたと思うんですが、彼には聞けなくて……この髪飾りをプレゼントされた時、ちょっとラファエレイと重なって視えたんですけどね」
依那は銀製の髪飾りを髪から外して愛おしそうに撫でた。
千壽がプレゼントした髪飾りを撫で続ける依那に、逞しい優しさと強い包容力を感じた琴は意を決して、
「千壽さんはその銀製の髪飾りを見つけた時に、ラファエレイとしての記憶を思い出しています」
「…...琴さん?」
「依那さんに一つ良いことをお教えしましょう。ラファエレイの【愛称】、千壽一礼の【愛称】は何ですか?」
「…レイ…」
依那は愛しい人の愛称を口にした瞬間、心にこみあげてくる柔らかな温もりに、自らの純愛を自覚した。
「そうです。親しい者だけに許されたその愛称を、これからも呼び掛け続けてください。二人の魂の絆を繋ぐ【言霊】で、二人のご縁が更に深くなるでしょう」
「千壽さんは前世の近衛騎士の慣習なのか、どこかで距離をとるんです。『守る対象者』の扱いで、親愛から恋愛に行くのはなかなか難しいです」
「魂の癖は、なかなか厄介ですからね。ラファエレイは特に融通が利かない性格だから余計に時間が必要でしょう。依那さんの優しさで包み込みほぐしてあげてください」
琴は依那に礼を執った。
「ええ、わかりました......『包み込む』ですね。前世で親愛までは経験済みなのでここまではスムーズなのは当たり前、恋愛するのは初めての経験なので、これからゆっくりと愛を育む時間を楽しみます」
「そうですね。今世では一緒に居られますから、ゆっくりと【恋愛】を経験するといいでしょう」
桜は何とか話の落としどころを見つけ安堵した。
—— 遠くで千壽一礼が何度もくしゃみをしたのを三人は知らない ——




