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本日は解呪日和  作者: 朱潮 一初
新古書店街

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13/51

13.追憶

 コロ~ン コロ~ン コロ~ン・・・ドアベルが鳴る。


「喫茶室《縁紡ぎ》へようこそ」

 琴と桜が依那をお迎えする。


「琴さん、桜さん、こんにちは。先日はお薬と巾着袋をありがとうございました」

「「・・・ふふふっ」」

 琴と桜は顔を見合わせ頷き、依那を見る。


 桜は依那の注文を聞く前に、

「いつもの席にどうぞ。今日はカフェラテですね。お持ちします」


「…えっ…『心の声が漏れ出てたかしら?』」

 依那は驚きながらも、このいつもの流れを楽しんだ・・・『桜さんだしね』


「カフェラテをお持ちしました」

「ありがとうございます」

 依那が席に着く前に、琴がいつものテーブルにカフェラテを置いた。


「ふふっ。楽しいですね」

 琴も桜も何も変わらず優しく迎えてくれて、ここには変わらず不思議がいっぱいで、依那の魂が【幸せ】で満たされていく。


「今日の御髪はとても素敵ですね。髪飾りもとてもよくお似合いです」

 依那の隣に腰かけた桜が、しげしげと依那と髪飾りを笑顔で見ていた。


「ふふっ、ありがとうございます。誕生日プレゼントでいただいたんです」

「髪飾りが喜んでいますね」

 琴が感慨深い様子で、髪飾りを見つめていた。


「…ん? 私じゃなくて、髪飾りが喜んでいるんですか?」

「ええ、依那さんは勿論のこと、髪飾りもとても嬉しそうで何よりです」

 依那もこの髪飾りを千壽にプレゼントされ手にした瞬間に、髪飾りに込められたラファエレイの祈り【幸せ】を願う気持ちが脳裏に流れ込んできて、琴と同じように髪飾りが喜んでいるように感じたから嬉しくなった。


「…ありがとうございます。あっ、あと……」

 依那は気持ちを落ち着けるようにカフェラテを一口飲み、

「先日いただいた塗り薬なんですが、凄くて…」

「「そうでしょうとも」」

「本当に凄すぎて、自分の語彙力のなさが嫌になっちゃう…もう本当に凄いとしか表現できないんです」

「「・・・ふふふっ」」


 依那はリネンシャツの袖をめくり、

「無いんです、傷跡が…消えたんです! 火傷の跡も痛みも全部…腕だけじゃなくて他もきれいに治ったんです! 本当にすごいんです!」

「「・・・・・」」

 琴と桜は一生懸命に説明しようとする依那を微笑ましく見つめていた。


「できれば、この薬をくれたお医者様にお礼を言いたいんですけど、どこに行けば会えますか?」

 琴と桜は無機質な表情でお互いに顔を見合わせたまま、しばらく無言でいた。


 依那は二人の様子がいつもと違うことに気づき、

「ごめんさない。何か困らせましたか? もし先生にお会いするのが無理でしたら、『感謝している』気持ちだけでもお伝えしていただけませんか?」


「返答が遅れてごめんなさい。いまちょっとだけ琴と念話してたので・・・先生は既に依那さんの状態をお解かりになっています。先生と依那さんの【ご縁】を繋ぐことができればいつか逢えますよ」

「ええ、桜が申しましたように、【ご縁】が繋がればいつかお逢いするでしょう」


 依那は戸惑いながらも、二人の話を疑う必要はなかった。

「わかりました。『ご縁』ですね。あの…ご縁と言えばなのですが…少し私事でお二人に聞いていただきたいことがあるのですが、いいでしょうか?」

「「もちろん。喜んでお聞きしますよ」」

 琴と桜はいつもの微笑みに戻っていた。



 佇まいを正し、二人と向き合った依那は静かに話を始めた。


「私、前世の記憶があるんです」

 琴と桜は頷きながらも言葉を発せずに依那を見守った。


「今まで前世の記憶のことは誰にも話ししたことはないんです。小さい時から母に『夢見る夢子ちゃん』って、何かにつけてからかわれたり馬鹿にされていたので。あと、友達に『前世って信じてる?』って聞いたら「…?」と不思議がられたので、『前世の記憶があることを誰にも話したらいけない』と今まできました。絵本の中のお姫様の物語が好きで…でも、物語が好きだから自分の前世がお姫様だったと思っているわけではなくて……。私の前世の記憶のお姫様は悲劇なので……」


 依那は気持ちを落ち着かせようと髪飾りに手を運んだ。

 ヒヤリとした銀製の感触に、心が落ち着くのを感じて目を閉じて記憶を思い出すように話を続けた。


「私の前世はある国の王女でした。名前は【エンナリーゼ】。私が生まれたのは四方を大国に囲まれた、山岳方面にある小国でした。その国は目立った特産物もなく裕福ではありませんでしたが、王家と国民との距離は近く、皆穏やかに暮らしていました。ある時、山で稀少な鉱石が見つかり、自国だけではインフラの整備や資金調達が難しく、隣国に協力を求めました。両国間で密かに協議を重ね、隣国の王子と私が婚姻することで関係を強固なものにしようと話がまとまりました。私はその国の王女として国のために役目を果たすのが自分の責務だと疑っていませんでした。でも、私にはずっとお慕いしている方がいました。名前は【ラファエレイ】。私の幼馴染で近衛騎士を務めていました。彼はとても快活で心が真っ直ぐな人でした。隣国の王子と正式に結婚が決まった夜に、私は彼に『私が隣国に嫁いだあとは、幸せになってほしいと』伝えました。彼は何か言いたげでしたが、近衛騎士としての姿勢を崩しませんでした。彼が私の部屋を出た後、私は大声で泣きました。泣いて自分の気持ちに区切りを付けようとしたのです。無理だとわかっていましたが本当は彼に『一緒に逃げよう』って言ってほしかったんです。そして、ドアを開け一礼を執り部屋を出ていく後ろ姿が、私が彼の姿を目にした最後でした」


 依那はここまで話をすると、目を開けて二人の反応を伺った。

 目の前には、優しく微笑みながら話を聞く琴と桜が居ることに依那は安堵した。


「……話を続けます」

「「どうぞ」」


 依那は大きくゆっくりと息を吐き、目を閉じて話を続けた。


「ある時、隣国から私を『迎えに来る』旨の書状が届きました。輿入れの準備はあらかた整えていましたので、慌てることはなかったのですが、【ラファエレイ】にもう一度だけ会って話をしたくて、近衛騎士団長にお伺いを立てたらラファエレイは休暇を取っていました。団長が言うには『輿入れ出立前には時間が取れるだろう』とのことでしたので、私は彼に会えるその日を心待ちにしていました。しかし、隣国の書状にあった日程よりも早く、隣国の軍隊が城に押し寄せてきました。あまりにも急なことで城内は騒然とし、私は自室待機を命じられ、気付いた時には煙が充満していました。隣国の兵が火を放ったのは明らかでした。緊急時の隠し通路を教えてもらっていたので、逃げて生き延びる選択肢を一瞬考えましたが、何故か『ラファエレイが傍にいない人生は要らないかなぁ』と思ってしまって、『ラファエレイが休暇で城に居なくてよかったぁ』と思ったらそれで十分で……生きるのを諦めたんです。そうしたら意識がぼんやりして…どこか遠くから『生きて』と誰かに言われたような気がしたのですが、すでに【生】を諦めてしまった心は動かなくて・・・おそらくそのまま、その人生の最期を迎えたのかなって……」


 依那は深く息を吸い、より深く息を吐いて目を開けた。


「聞いていただいてありがとうございました。何故だかお二人にだけは話をしたくて…」


「そうですね。あの瞬間(とき)の王女は諦めましたね」——桜は呟いた。


「…あの……今から変なこと言いいます。あの時の『生きて』と声をかけてくれたのは桜さんですか? 三年前の火事の時の『生きて』も…もしかして……」


「・・・ふふふっ」


「…やはりそうなのですね……ずっと見守っていてくれてたんですね……桜さんは【天使】なのね。嬉しい!」


「「・・・・・?」」

 琴と桜はあえて依那の()()()を訂正しなかった。

『依那が幸せであればそれでいい』『天使と死神は大差ない』と二人は結論付けたのだった。






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