11.昔々
つむぎの言葉を合図に空気が一変し、目を閉じた千壽の視点が脳裏の映像に移っていく。
◇◇◇
むかしむかしあるところに一人の青年がおりました。
その青年には大好きな少女がいました。
青年と少女は物心がつく頃から庭園などで一緒に遊び学び共に成長しました。
少女はとある国の王女様。
青年はその国で代々近衛騎士爵を賜る者を輩出する家の嫡男でした。
そしていつしか青年は『この子を護る立派な騎士になる』と心に決め、剣術に励みました。
◇◇◇
黙ってつむぎの話を聞いていた千壽は、まだ自分の自我を認識できていた。しかし脳裏には、庭園にいる少女のあどけない笑顔が映っていた。
『まるで夢の中にでもいる感じだなぁ。庭園で少女と鬼ごっこをしているのがわかる。自分の目の前で笑顔をうかべて —「***レイ・・・こっちよ・・・」— ん? 少女がこちらを振り返り、何か自分に話しかけているような…… —「***レイ・・・」— いま名前を呼ばれたような? 楽しげに逃げている少女と、その少女に追いつかないようにゆっくり走っている自分? の感覚。薔薇のアーチをくぐったときに匂った薔薇の香りや、頬をなでるような風を感じる。少し汗ばんでいる額。まるで自分がそこにいるみたいに・・・』
千壽はぼんやりとつむぎの声に意識を攫われながら、夢の続きを見るように物語の続きを待った。
◇◇◇
その国は国土が狭く裕福ではありませんでした。
国を守るために隣国と同盟を結ぶべく、王女様を隣国の王子様に嫁がせる、いわゆる政略結婚の話が持ち上がり、両国間で承諾されました。
正式に隣国への輿入れが決まった夜、王女様は笑顔で青年に言いました。
「私が輿入れしたら貴方は自由です。必ず【幸せ】になってください。それが私の願いです」
王女様は泣くのを我慢していました。
青年は幼い時から王女様を見ていたので、それがよくわかりました。
青年は、「わかりました」と近衛騎士としての返事をしましたが、青年の本当の気持ちは否でした。しかし、王女様の願いであれば受け入れるしかないと、彼女を慕う自分の気持ちを封印しました。
王女様の輿入れ先である隣国に自分は同行できないと知った青年は、王女様に何か【お守り】になるような品を贈りたいと考え、遠方にある職人街で髪飾りを注文しました。
その職人街には呪いを得意とする錬金術師がおり、
『王女様の【幸せ】を願う自分の気持ちを形にしたい』と青年は錬金術師にお願いしました。
そして出来上がったのが【葡萄とその蔓】をモチーフにしたこの髪飾り。
この飾りの葡萄は【人生の豊かさと喜び】、その蔓は【神の慈悲と神の愛の糸】の意があり術が付与されました。
◇◇◇
つむぎは千壽の意識が、千壽の魂の深いところとつながっているのを、しかと確かめ話を続けた。
◇◇◇
とある日、輿入れする王女様のために『近々、こちらから迎えをだす』と隣国から手紙が届きました。
『隣国の使者らが王女様を迎えに来る』との情報が青年の耳に入りました。
そこで青年は王女様に渡す髪飾りを取りに行くために、休暇をもらいひとり馬で職人街に向かいました。
職人街までは、馬の常歩で約四日の距離。青年は二日でその距離を馬で駆けることができました。
一日目は予定していた町に宿泊し、二日目正午前、街道で不運にも子供が路地から飛び出してくる事故にあいました。幸い子供に大きな怪我はなく、青年は子供の治療の手配や取り調べなどで大幅に時間が取られ、その日のうちに職人街に到着することは叶いませんでした。
夜明け前、職人街に到着した青年は、食堂が開くのを待ち、朝食を取るために食堂に入りました。
そこで、行商人と食堂の主人が話しているのを耳にしました。
『隣国が攻めてきて城が焼け落ちたらしい』
青年は自分の耳を疑いました。
隣国が城に到着するのは確か十日後のはず。
それに合わせて、髪飾りを受け取りにこの休暇を取ったのに、
「嘘だ!」
青年は『何があったのか教えて欲しい』と行商人に詰め寄りました。
行商人は一日前に泊まった宿で聞いた話と付け加え、
『どうやら隣国は同盟ではなく侵略を選んだらしい』
『城に来たのは使者ではなく、兵士だった』
『既に城は焼け落ちたらしい』
青年は髪飾りを受け取ることなく、帰路を急ぎました。
途中の街で馬を変えながら、青年は夜通し馬を走らせました。
城の一帯が見える丘に着いた青年が目にしたのは、まだ火が燻っているのか城のあちこちから煙が上り、隣国の兵士たちが城壁の周りにいる光景でした。
すでに争いは終わったのか喧騒はなく、静かに煙だけが上っていました。
◇◇◇
つむぎは目を閉じている千壽の瞼の下で、眼球が左右に動いているのを確認して更に話を続けた。
眼球が左右に動いているのは、見えないものを視ようとしている証。
千壽が過去に経験し見てきた光景を、思い出して視ている証。
◇◇◇
青年は、隠し通路から城内に入りました。
この隠し通路は、不測の事態が起きた時に『王女様が使えるように』と、
王女様に覚えさせるために青年は何度も一緒に歩いたことがありました。
青年はわき目も降らずに王女様の部屋を目指しました。
隣国の兵士に見つかることなく、青年は王女の部屋にたどり着きました
◇◇◇
つむぎは千壽の呼吸が深く静かなものから、浅く早くなるのを目視した。
千壽の感情が青年のそれと重なり、情動が高まり溢れている証。
◇◇◇
青年が部屋で目にしたものは、ひとり横たわる王女様でした。
陽の光に反射するように輝く金髪は、今は煤けて輝きを失い、乱れていました。
ドレスは今まで青年が目にしたことがないデザインでした。
おそらく隣国の使者を迎えるために新たに仕立てたのでしょう。
いつもよりも少し大人びたものでした。
そのドレスには赤黒いシミがところどころ滲んでいました。
王女様が事切れているのは状況からも明らかでした。
しかし、青年は王女様に生きてて欲しいと願いました。
青年は横たわる王女様に近づいて声を掛けましたが、王女様の空色の瞳に映る自分の姿を、再び見ることは叶いませんでした。
青年は王女様の手に恐る恐る触れてみましたが、陶器のように冷たくなっていました。
青年は王女様の死に絶望し、隣国への怒りが沸き上がり、王女様を『護る』と誓いを立てたはずなのに、誓いを果たさなかった己の不甲斐なさに憤りました。
青年は王女様の傍らに跪き、乱れた王女様の髪を優しくなでて整え、王女様の冷たくなった手をそっと取り、その指先に口づけをしました。
「貴女と共に居るのが私の【幸せ】。お傍に参ります…」
青年は近くに打ち捨てられていた剣を震える手で握り、迷いなく自分の首をその剣で搔き切りました。
—おしまい
◇◇◇




