真の勇者召喚、しかし世界はすでに「彼」にひざまずいていた
私が街を歩くだけで王都の犯罪率がほぼゼロになり、裏社会のゴロツキたちが率先して毎朝ボランティアのゴミ拾い活動を始めるようになってから数日。
王都の中央神殿は大騒ぎになっていた。
国を救うため、神官たちが総力を挙げて『異世界からの勇者召喚の儀式』を執り行い、ついに成功させたのだ。
「――ふっ、なるほど。僕がこの世界に選ばれた、真の『勇者』というわけだね」
召喚されたのは、いかにも王道ファンタジーの主人公といった佇まいの少年、天宮翔。
輝く聖剣を携え、整った顔立ちに自信に満ちた笑みを浮かべる彼は、己に与えられたチート能力と「勇者」としての使命に、大いにプライドを滾らせていた。
「さあ、案内してくれ。僕がこの街の困っている人々を救い、魔王軍を討伐してみせる!」
神官たちを引き連れ、意気揚々と王都のメインストリートへと繰り出す翔。
しかし、そんな彼を待っていたのは、想像していた「救世主を歓迎する民衆の歓声」ではなかった。
「お、おい……あそこにいるの、新しく召喚された『勇者様』らしいぞ」
「へぇ。でも、なんか普通だな……。ザックス様みたいな、世界を裏から牛耳るような圧倒的な『覇気』が感じられないというか……」
「そうだな。あの優男じゃ、魔王の前に出る前に、ザックス様の一瞥で気絶しちまうんじゃないか?」
すれ違う平民や冒険者たちが、ひそひそと、どこか物足りなさそうな顔で翔を見ている。
「な……なんだ、あの視線は……?」
翔は眉をひそめた。
本来なら「待っていました勇者様!」と縋りつかれるはずなのに、むしろ「一応頑張ってね」程度の、新米ルーキーを見るような生温かい目を向けられている。
「おい、神官。どういうことだ? この街の人々は、僕が勇者だと分かっていないのか?」
「い、いえ……! 実は、翔様が召喚されるより前に……その、すでにこの街には、実質的にすべてを解決してしまっている『ザックス様』という恐るべきお方がおられまして……」
「ザックス? そいつも召喚された勇者なのか?」
「いいえ。身分証はただの一般冒険者ですが、ルバート公爵の国家反逆を未然に防ぎ、監獄の結界を寝返りだけで無力化し、エルフの聖女を従属させ、歩くだけでスリを自首させる、この王都の『真の支配者』と噂されるお方です」
「なんだその出鱈目なスペックは!?」
翔は焦った。
後発の勇者として、そんな謎の男に遅れをとるわけにはいかない。
「ハッ、どうせハッタリのペテン師だろう! この聖剣が選んだのは僕だ! そのザックスとかいう男に、真の勇者の実力を見せつけて、目を覚まさせてやる!」
そう言って翔が気合を入れ直した、まさにその瞬間だった。
「あ、すみません。そこの八百屋、ちょっとお借りしてもいいですか?」
通りの向こうから、地響きのような超低音ボイスが響いた。
「ぎ、ぎゃああああ! ザックス様だーーーっ!!」
さっきまで平然としていた民衆が一斉にパニックを起こし、道の両脇へと飛び退いて平伏した。
土煙が舞う中から現れたのは、身長二メートルを超える大男。
黒コートをなびかせ、顔にはおぞましい大傷。その鋭すぎる三白眼は、まるで今から王都を一つ滅ぼす算段を立てているかのように冷徹に光っている(※ただ今日の晩御飯のメニューに悩んでいるだけである)。
(げっ、またみんな平伏してる……。なんか、普通に買い物するのも一苦労だな……)
私がうんざりしながら歩いていると、突然、正面に一人の少年が立ちはだかった。
輝く聖剣を抜き放ち、私を鋭く睨みつけている。
「おい、お前がザックスだな! 僕は神に選ばれし勇者、天宮翔だ! 人々を恐怖で支配する偽物の勇者め、僕がそのメッキを剥がしてやる!」
(えっ!? 勇者召喚!? 天宮翔!? この子が本物の勇者様!?)
私は内心、大興奮していた。
ついに本物の、見た目も中身も完璧なキラキラした勇者様が登場したのだ!
彼がいれば、私の「見た目凶悪犯」としての誤解も解け、私は晴れてこの強面から解放され、一般人としてスローライフを送れるかもしれない。
私は嬉しさのあまり、とびきりの笑顔を浮かべ、彼に向かって一歩歩み寄り、手を差し伸べた。
「ああ、君が本物の勇者様か! 待っていたよ! ぜひ私と仲良くしてくれ!」
しかし。
ザックスの身体が放ったその笑顔と、ドスの利いた低音ボイスは、
「――フッ。お前が新入りのうつけか。よくぞオレの前に首を差し出しにきた。さあ、その聖剣ごと、ここでオレの肉体の一部(栄養)にしてやろう」
という、悪魔の誘いにしか聞こえなかった。
さらに、私が一歩近づいたことで、レベル99の『物理無効・極大』と『全属性耐性』が放つ、目に見えない圧倒的な「圧力」が翔を襲った。
「くっ……あ、ああ……!?」
翔は息が詰まった。
神の加護を受けたはずの聖剣が、ザックスに近づけば近づくほど、恐怖でキィィィンと悲鳴を上げて震えている。
ザックスの全身から立ち上る、宇宙のように深い、底の見えない圧倒的な力の奔流。
それは、自分が神から与えられた初期チートなど、文字通り「塵」のように吹き飛ばすほどの絶対的な質量だった。
(ば、化け物だ……! 神様、こんなの勝てるわけがないよ! この男の気配、魔王なんてレベルじゃない、神話の破壊神そのものだ……!)
翔は恐怖のあまり膝がガクガクと震え、握っていた聖剣をポロリと地面に落としてしまった。
そして、涙目になりながら、その場でストンと膝をついた。
「ぼ、僕の負けだ……! あなたが、あなたが本物の『真の勇者』です……! どうか、どうか僕を弟子にしてください! 何でもしますからぁぁっ!」
「ええぇぇぇぇっ!? 弟子!? いや、立ち上がってください勇者様!!」
私が慌てて手を伸ばして彼を助け起こそうとするが、翔は「触らないでぇぇ!」とさらに小さく丸くなってしまうのだった。
それを見た王都の民衆たちは、
「さすがザックス様、新米勇者を一瞬で改心させたぞ!」
「聖剣すらひれ伏すとは、あのお方こそやはり『真の救世主』だ!」
と、さらに私への信仰心を深めていく。
本物の勇者から「師匠」と仰がれ、私の『見た目は魔王、中身は聖人』の誤解は、いよいよ世界のシステムそのものに固定されてしまうのだった。




