エルフの聖女、恐怖のあまり「従属」を誓う
王都の大結界監獄の最下層特別房が、完全に私の「おもてなし別荘」と化して三日目のこと。
私は、おとなしく誤解が解けるのを待つつもりだったのだが、事態は思わぬ方向から動いた。
「ザ、ザックス様……! 釈放……いえ、お出まし願えますでしょうか……っ!」
監獄長が、国を代表する大貴族のような低姿勢で私を迎えに来た。どうやらギルドマスターのガルガンが、私が前回の借金取り立ての際にルバート公爵の館から押収した『魔王軍との内通の密約書類』を王宮へ届けたらしい。
これにより、私の門破壊の器物破損は「テロを未然に防ぐための緊急避難」として、国賓級の功績にすり替わったのだ。
「あぁ、やっと出られるんですね。よかった。お世話になりました」
「い、滅相もないことでございます! 滞在中に何か不手際はありませんでしたでしょうか!?」
監獄長に見送られながら外に出ると、ギルドの馬車が私を待っていた。だが、馬車が向かったのはギルドではなく、王都の中央神殿だった。
神殿の最奥。そこには、ただならぬ緊迫感が漂っていた。
豪奢なベッドの上に横たわっていたのは、透き通るような金髪と長い耳を持つ、世にも美しいエルフの少女だった。
「ザックス様……彼女はエルフの国からの使節であり、最高位の聖女であるセラフィナ様です。魔王軍の受けた不浄の呪いによって衰弱しており、我が国の神官たちの回復魔法も一切受け付けず……もう命が保ちません。どうか、貴方様の『闇の力』で、この呪いを相殺してはいただけないでしょうか……!」
案内した神殿長が、私の顔色をうかがいながら必死に懇願する。
(なるほど。他国の要人が死んだら国際問題だし、なによりこんな綺麗な子が死にそうになってるなんて放っておけない!)
「分かりました。できる限りのことはやってみます」
私はベッドの脇に歩み寄り、苦しそうに呼吸をする聖女セラフィナを見下ろした。
エルフの聖女は、うっすらと瞼を開け、私を視界に入れた。
「あっ……あ……」
彼女の目に映ったのは、逆光を浴びながら自分を見下ろす、身長二メートルを超える大男。顔面には深い裂傷、獣のように鋭すぎる三白眼、そして全身から漏れ出る、世界の物理法則すら歪めるような『超高濃度の気配(※勇者のステータスオーラ)』。
(死神……? いいえ、あれは魔王を遥かに凌駕する、闇の支配者……!)
セラフィナは恐怖で全身を硬直させた。
私は彼女を少しでも安心させようと、優しい笑顔(※のつもりの凶悪な笑み)を作り、できる限りソフトに語りかけた。
「安心してください。ちょっと痛いかもしれませんが、すぐに終わりますから。じっとしていてくださいね」
――だが、私の声帯が放ったのは、
「……安心しろ。多少痛むだろうが、すぐに終わらせてやる。大人しくしてろ」
という、完全に「今から命を奪う前の非情な処刑人のセリフ」だった。
「ひ……あ、あああ……っ!」
セラフィナは恐怖のあまり声も出ず、涙をこぼした。
だが、抵抗する力など残っていない。私は彼女の胸元に、優しく手をかざした。
(ええっと、ステータスにあった『神聖魔法・極』ってやつを使えばいいのかな。念じるだけで発動するっぽいし……よし、【浄化】!)
その瞬間、特別房の中が、眩いばかりの純白の「聖光」で満たされた。
カキィィィィン!!!!!
神殿のステンドグラスを全て叩き割らんばかりの神聖な輝き。
それは、神殿に仕える一流の神官たちが束になっても到底及ばない、まさに「神の御業」そのもの。
セラフィナの身体を蝕んでいた漆黒の呪いは、私の指先から放たれた光に触れた瞬間、悲鳴を上げる間もなく一瞬で浄化され、霧散した。
「は……あ……っ!?」
呼吸が楽になり、失われていた魔力と活力が、全身に満ち満ちていく。
セラフィナは驚愕して自分の手を見つめた。
(バカな……エルフの長老ですら解けなかった魔王直属の『不浄の呪い』が、一瞬で……!? これほどの純度と威力の神聖魔法、ただの闇の覇者などではない。このお方は……)
エルフの聖女は、私を見上げた。
そこには、額の汗を拭いながら「ふぅ、なんとかなってよかった」と優しく微笑む(※やはり顔面は極悪犯)大男が立っている。
彼女の鋭敏な感覚は理解した。
この圧倒的な神聖魔法の使い手でありながら、全身から死神のような覇気を漂わせ、自らを「極悪犯」と偽っているこの男。
――彼こそが、世界の光と影を同時に統べる、本物の『覇王』にして『真の救世主』なのだと。
セラフィナはベッドから這い出ると、私の足元に膝をつき、胸に手を当てて深く頭を下げた。
「……私の負けです。これほどの神々しき『力』と、それを隠し通す『深謀遠慮』。あなた様こそ、私が生涯をかけてお仕えすべき真の主。我が身と我が魂のすべてを、あなた様に捧げます……!」
「えっ!? いや、従属とか求めてないですし、立ち上がってください!」
慌てて手を伸ばすが、背後の神殿長たちは、
「あ、あのエルフの聖女が一瞬で服従した……!」
「なんて凄まじい支配力だ。さすがはザックス様……!」
と、さらに深い畏怖の念を私に向けるのだった。
こうして、ただ親切心で呪いを解いただけの私は、異世界で最初にして最強の忠臣(※エルフの聖女)を手に入れてしまうのだった。




