悪徳貴族を取り立てに行ったら、国家転覆の陰謀を阻止した
元Aランク冒険者のギルドマスター・ガルガンが、戦う前に綺麗な五体投地(土下座)を決めてから一晩。
私はギルドの二階にある、やたらと豪華な客室で目を覚ました。ガルガンが「どうかこれで機嫌を直してくれ」と涙目で差し出してきた、本来ならVIP用の部屋である。
「……一晩経っても、やっぱり俺の顔は極悪非道なままだな」
手鏡に映る左目の大傷と鋭すぎる三白眼に溜息をつく。中身はただの元社畜だというのに、この見た目のせいで、私はギルドの全冒険者から『王都を裏から支配する闇の覇王』として扱われるようになっていた。
「ザ、ザックス様……! ガルガンです。本日の『お仕事』をお持ちいたしました……!」
部屋のドアが控えめにノックされ、ギルドマスターが高級な絹のトレイに一枚の依頼書を載せて入ってきた。現役時代の彼を知る者が見たら卒倒するほど、その手はガタガタと震えている。
「あ、おはようございます。仕事ですか? ぜひやらせてください」
ニート同然で部屋に引きこもるわけにはいかない。私は快諾した。
差し出された依頼書に目を落とす。
『依頼:王都の宿屋「黄金の麦亭」の未払い宿泊費の回収。対象:公爵家御曹司、ルバート卿。金額:金貨十枚』
内容としては、平民の宿屋をナメ腐って何ヶ月もタダ泊まりし、踏み倒そうとしている悪質な貴族への、言わば「借金取り立て」だった。
(なるほど、地道な事務処理や未払い金の回収は、前世の社畜時代に嫌というほどやらされた得意分野だ。これなら戦う必要もないし、平和的に解決できるぞ!)
「分かりました。私が責任を持って、きっちりとお金を回収してきます」
私は元営業マンとしてのプロ意識を滾らせ、にっこりと微笑んだ。
――だが、ガルガンの目には、その微笑みが【なるほど、公爵家ごと裏社会から消し去ってやろう】という冷酷な魔王の宣告にしか見えなかった。
「は、はいぃっ! よろしくお願いいたします……!」
* * *
数時間後。私は王都の高級住宅街にある、ルバート公爵家の豪華な邸宅の前に立っていた。
一応、こちらはただの平冒険者なので、礼儀正しくノックをして用件を伝えよう。
「ごめんください。冒険者ギルドから、未払い金の件で参りました」
私は細心の注意を払い、優しくドアをノックした。
――つもりだった。
ドガァァァァァンッ!!!!!
しかし、レベル99の勇者の筋力を完全に失念していた私の「優しいノック」は、音速を超える衝撃波となって重厚なオーク製の正門を枠ごと粉砕。邸宅のロビーへと盛大に吹き飛ばした。
「うわぁぁぁっ!? 何事だ!?」
「テ、テロだーっ! 門が爆発したぞ!」
邸宅の中から、私兵である十数人の騎士たちが血相を変えて飛び出してきた。
しかし、彼らは煙の中から姿を現した私の「身長二メートル超の巨体」と「顔面の大傷」、そして前世の謝罪行脚で培った、妙に堂々とした立ち姿を見た瞬間、一斉に硬直した。
「おい、あの男……昨日、ガルガンをワンパンで屈服させたという、あの特級犯罪者ザックスじゃないか……!?」
「なぜ彼が我が家に……!? まさか、我らの『計画』がバレたのか!?」
「あ、あの! すみません、ドアを壊すつもりはなくて……! ルバート卿はいらっしゃいますか? 麦亭の件でお話しが……」
私は大慌てで弁明しようと、ドスの利いた低音ボイスを響かせながら、一歩前に進み出た。
その瞬間。邸宅の奥から、豪華な法衣を着た肥満体の青年――ルバート卿が、腰を抜かして這い出てきた。彼の顔は恐怖のあまり土気色に変色している。
「ひ、ひぃぃぃぃっ! 暗殺ギルドのトップ、ザックス……!! バレて、バレていたのかぁぁぁっ!」
「え? いや、何がですか?」
私が首を傾げると、その鋭い視線がルバートの脳内で【しらばっくれるな、全てお見通しだぞ】という無言の脅迫へと自動変換された。
「言います! 全部吐きますから、命だけはっ、我が公爵家だけは見逃してくださいぃぃぃっ!!」
ルバート卿は、頼んでもいないのに懐から分厚い革の束を引っ張り出し、涙目で私の足元へと滑らせてきた。
「これは、私が魔王軍の幹部と内通し、王都の結界の合言葉を売り渡そうとしていた密約の証拠書類です! これを渡すから、私の首を跳ねるのは勘弁してくれぇぇぇ!」
「……は?」
私は、足元に転がった書類を拾い上げた。
そこには確かに、魔王軍の刻印と、王都の防衛網を無力化するための国家転覆の陰謀が事細かに記されていた。
(いや、俺が取り立てに来たの、宿代の金貨十枚(約十万円)なんだけど……なんで国家レベルの裏切り工作の証拠が出てくるんだよ……!)
「あ、あの、この書類は預かりますが、それより宿代の――」
「ひっ! 金ならっ、これを受け取って今すぐお引き取りをー!」
ルバート卿は、金貨がぎっしり詰まった大きな袋(ざっと金貨五百枚はある)を私に投げつけると、そのまま恐怖のあまり泡を吹いて失神してしまった。私兵の騎士たちも、一人残らず武器を捨てて「勝てるわけがない……」と頭を抱えてすすり泣いている。
「……まぁ、お金は回収できた、よな?」
私は左手に国家転覆の証拠書類、右手に過払い金まみれの金袋を持ち、壊れた門の前でぽつんと立ち尽くした。
こうして私は、ただの宿代の取り立てに行っただけなのに、戦わずして「国家の危機」を未然に防ぎ、王都の影の英雄(※周囲からは最凶の脅迫者)としての地位をさらに確固たるものにしてしまうのだった。




