ギルドマスター、戦闘前に降伏する
「引き金を引けぇぇぇっ!!」
リーダー格の剣士の叫びと共に、私を取り囲む三十名の冒険者から一斉に矢の嵐が放たれた。
風を切り裂き、私を目がけて殺到する無数の鋭利な矢。
(終わった……転生初日に蜂の巣にされて二度目の死を迎えるのか、俺は……!)
私は反射的に目を瞑り、気絶した少女をかばうように背中を丸めた。
――しかし。
カン、カカカン、カンッ!!!
耳に飛び込んできたのは、肉が裂ける陰惨な音ではなく、まるでブリキの玩具が硬い岩に弾かれたような、軽快で間抜けな金属音だった。
「……え?」
恐る恐る目を開けると、私の足元には、先端がぐにゃりと潰れた矢が何本も転がっていた。
私の身体には、かすり傷一つついていない。服の上からでも分かる圧倒的な筋肉(と勇者スキルの『物理無効・極大』)が、ボウガンの強力な一撃を完全にシャットアウトしていたのだ。
だが、この状況を見た冒険者たちの解釈は、やはり絶望的な方向へとねじ曲がっていった。
「ば、化け物め……っ! 強化魔法もなしに、鉄頭の矢を肉体だけで弾き返しただと!?」
「くそっ、手配書以上の怪物だ! 構えろ、次は一斉に上級魔法を――」
「あの! 待ってください! 争う気は本当にないんです!」
私は慌てて両手を前に突き出し、必死に大声で叫んだ。
しかし、私の巨体から放たれた全力の叫び声は、「――おい、これ以上調子に乗るなら、全員ここで肉片に変えるぞ」という意味の、地響きのような大質量の『威圧』となって彼らの脳を直撃した。
「ひっ……あ、悪魔だ……」
「逃げろっ! 勝てるわけがない!」
あまりの恐怖に前線の剣士たちが腰を抜かし、武器を放り出して一目散に逃げ出し始めた。蜘蛛の子を散らすように、三十人の精鋭たちが一瞬で街道の彼方へと消え去っていく。
「……また逃げられた」
私は地面にぽつんと取り残された。
とりあえず、気絶した少女をこのまま放置するわけにもいかない。私は彼女をそっと横抱きにすると、逃げ遅れた門兵が恐怖で半開きにしたままにしていた、王都の鉄の大門をくぐることにした。
まずは、この世界で自分の身分を証明できる『冒険者プレート』とやらを作らなければ、一生犯罪者扱いのままだ。目指すは、この街の冒険者ギルドである。
街に入ると、通行人たちが私を見るなり「ぎゃあぁぁっ!」「出たぁぁぁっ!」と悲鳴を上げて、モーセの十戒のように道を開けてくれた。おかげで迷うことなく、一際大きな建物――冒険者ギルドの前に到着した。
ギルドの重厚な扉を静かに開ける。
「あの、すみません。身分証を作りたくて、あと、この怪我のないお嬢ちゃんを保護してほしいのですが……」
私ができる限り静かに室内に声をかけた瞬間、酒場を兼ねたギルド内の喧騒がピタリと止まった。
受付嬢は恐怖のあまり涙目になり、カウンターの陰へとガタガタ震えながら隠れてしまう。
「おいおい……何の用だ、特級犯罪者ザックス。我がギルドの若い衆を随分と可愛がってくれたようだな」
ギルドの奥から、ずっしりとした足音と共に、一人の隻眼の大男が現れた。
全身に無数の戦傷を持ち、身の丈ほどもある大剣を背負った男――この王都のギルドマスターであり、元Aランク冒険者の『鋼鉄のガルガン』だ。
彼は私を睨みつけ、凄まじい闘気を放ちながら大剣の柄に手をかけた。
「ここで暴れるつもりなら、俺が相手に――」
(ひぇぇ、めちゃくちゃ強そうな人が出てきた! どうしよう、ここで戦ったら本当に俺、悪者にされちゃう!)
私は内心のパニックを隠しきれず、ただ、じっとギルドマスターの動きを注視した。前世の社畜時代、理不尽に怒り狂う取引先の重役の出方を見極めていた時のような、極限の「凝視」である。
しかし、ザックスの身体から放たれるその鋭すぎる三白眼の視線は、ガルガンには【一瞬でも無駄な動きをしたら、その瞬間に首を跳ねるという死神のロックオン】にしか見えなかった。
(な、なんだこの圧は……!?)
ガルガンの額から、滝のような冷や汗が流れ落ちる。
元Aランクの直感が、彼に告げていた。
間合いに入った瞬間に殺される。魔力を纏っていないように見えて、この大男の肉体からは、現役時代の自分が逆立ちしても勝てないレベルの、宇宙のような『神聖かつ圧倒的な質量』が漏れ出ている、と。
(勝てん。一撃で、俺だけでなくこのギルド全員が消し飛ぶ……!)
張り詰めた静寂が、ギルド内を支配する。
私が「あの、お話を聞いていただけますか?」と口を開こうとした、まさにその時。
ドスン!!!!!
「……え?」
目の前で、あの強そうだったギルドマスターが、大剣を床に放り出し、全力で両手を突いて頭を床に擦りつけていた。
完璧な、そして美しい五体投地――土下座である。
「俺の負けだ! 頼む、命だけは……! このギルドの若い奴らの命だけは助けてくれ! 望むなら、ギルドの全財産でも身分証でも、何でも差し出す!」
「いや、あの、立ち上がってください……!」
慌てて止めようと手を伸ばすが、ガルガンは「ひぃっ、触らないでくれ!」とさらに小さく丸くなる。
周囲の冒険者たちも、あの伝説のガルガンが戦う前に完全降伏した姿を見て、「ギ、ギルマスが絶望するほどの怪物……」「俺たちの命はここまでか……」と、遺書を書き始める者まで出始めていた。
中身はただの小心者な勇者、見た目は世界を滅ぼす魔王。
こうして私は、一歩も戦うことなく、王都最強の武力集団を頭脳(勘違い)だけで完全に屈服させてしまったのだった。




