決戦! 魔王城突入(※ただの謝罪訪問)
私が「ただ転びそうになって腕を振っただけ」で、王都を包囲していた数万の魔王軍が悲鳴を上げて全軍敗走してから、数日が経過した。
王都はすっかり平和を取り戻していたが、私の心は重かった。
「……やっぱり、ちゃんと謝りに行くべきだよな」
ギルドの自室で、私は大きな『菓子折りの箱(王都最高級の焼き菓子詰め合わせ)』を愛おしそうに抱えながら、深いため息をついた。
冷静に考えてみてほしい。
下町の大衆食堂で四天王のゲイルさんは窓ガラスを割って逃げる羽目になり、王都の外では総大将のバザルさんたちが私の手振れ(風圧)で吹き飛ばされたのだ。
前世の社畜時代、営業先でトラブルを起こした時は「即座に誠心誠意の謝罪に向かう」のが絶対の鉄則だった。
「よし、魔王城へ行って、菓子折りを渡してちゃんと和解してこよう」
私は一人、王都を抜け出して暗黒の森の奥深くに聳え立つ『魔王城』へと向かった。
* * *
同じ頃。魔王城の玉座の間では、かつてない重苦しい絶望が支配していた。
「ま、魔王様……! あ、奴が……あの『最凶の悪魔ザックス』が、一人で我が城へと歩いて近づいてきます……!」
偵察兵が泡を吹いて倒れ込みながら報告する。
玉座に座る魔王ガルヴァノスは、震える手で漆黒の杯を握りしめていた。傍らには、精神崩壊から復帰した四天王ゲイルと、前線でトラウマを植え付けられた総大将バザルが、小動物のようにガタガタと身を寄せ合って震えている。
「く……! 全軍で迎え撃った我が軍を一人で一蹴し、今度は単身で我らの本拠地を滅ぼしに来たというのか……っ! 何という冷酷、何という悪逆……!」
「魔王様、奴の手には……何か『怪しげな四角い箱』が握られております! あれはきっと、一撃でこの魔王城ごと我らを粉砕する『古代の滅亡兵器』に違いありません!」
「ひぃぃぃっ! 終わりだ……我が魔王軍はここで全滅するんだぁぁっ!」
魔王城の兵士たちは、もはや戦う気力すら失い、遺書を書き始める者まで出る始末だった。
――ズシン……ズシン……。
重厚な魔王城の正面大門を叩く、重苦しい足音が玉座の間まで響いてくる。
私が「ごめんください、王都から参りましたザックスです」とドアをノックしようとした、まさにその時。
ガガガガギィィィィン!!!!!
「……え?」
私が手を触れる前に、魔王城の巨大な門が内側から自重に耐えかねて崩れ去った。
長年の魔力汚染と、魔王軍の兵士たちが恐怖のあまり鍵を締め忘れて倒れてきた重量で、勝手に門が崩壊したのだ。
煙の中から姿を現したのは、身長二メートルの巨躯。黒コートをなびかせ、顔にはおぞましい刀傷。そして、手には『謎の四角い箱(※菓子折り)』を大事そうに抱えた、三白眼の男。
「ひっ……! 門をあ、開けさせすらしないだと……!? 気配だけで門を粉砕して入ってきおったぁぁっ!」
魔王ガルヴァノスは、あまりの恐怖に玉座から転げ落ちた。
私は広大な玉座の間を見渡し、奥で震えている魔王と幹部たちを見つけた。
なるほど、いきなり大男が押し入ってきたら怖がるのも無理はない。ここは前世で培った「最高の誠意」を見せる場面だ。
私は手に持っていた菓子折りの箱を、滑らせるように玉座の前の床へそっと差し置いた。
「先日はうちの街の者が……いえ、私自身が大変ご迷惑をおかけしました。これ、ほんの気持ちですが『お詫びの品』です。どうぞ召し上がってください」
私は満面の営業スマイル(※顔面凶悪仕様)を浮かべ、深く頭を下げた。
――しかし。
私の超低音ハスキーボイスと、顔面の大傷から放たれる凄まじい「威圧感(※ただの緊張)」は、魔王たちの脳内で次のように変換されていた。
「――おいガルヴァノス。先日は我がナワバリで随分と不作法な真似をしてくれたな。これはお前たちへの『手向けの品』だ。大人しくこれを食って、貴様らの血でこの城を染める覚悟を決めろ」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
四天王ゲイルが悲鳴を上げて白目を剥き、総大将バザルはその場に泡を吹いて卒倒した。
そして、世界の頂点に君臨するはずの魔王ガルヴァノスは、絶望のあまり涙と鼻水を流しながら、床に額を激しく擦り付けた。
「参りましたぁぁぁっ! 降伏します! 我が魔王軍は今この瞬間をもって全面無条件降伏いたしますぅぅっ! だから頼む、その箱を爆発させるのだけは勘弁してくださいぃぃぃっ!」
「……え?」
私はポカンと口を開けた。
「いや、これ、王都で一番人気の焼き菓子なんですけど……爆発なんてしませんよ……?」
「嘘をおっしゃい! そんな神聖なオーラを纏った箱がただのお菓子なわけがあるかぁぁっ!」
魔王城に響き渡る、世界の覇者の情けない悲鳴。
こうして私は、剣を一回も抜くことなく、ただ菓子折りを届けに行っただけで、異世界を脅かす『魔王軍』を完全に降伏させてしまったのだった。




