激突! 魔王軍vs見た目が犯罪者の勇者
「全軍、突撃ィィィッ!! あのバケモノが魔法を発動する前に押し潰せぇぇぇ!!」
魔王軍総大将バザルの悲痛な叫びとともに、数万の魔族と巨大魔獣の軍勢が、地響きを立てて王都の防壁へと押し寄せてきた。
空を埋め尽くす黒い影。地煙を巻き上げる巨体。王都の兵士たちが恐怖に歯を鳴らし、武器を握る手をガタガタと震わせる。
(ひええええっ!? ほんとに突撃してきたぁぁぁっ!!)
防壁の上に立つ私は、内心パニックで悲鳴を上げていた。
前世の社畜時代だって、激怒した取引先が複数同時に乗り込んできた時は胃に穴が空きそうだったのだ。こんな数万の化け物集団に一斉に襲われたら、いくらレベル99でも精神が保たない。
「師匠! ここは僕が……っ!」
翔くんが聖剣を構えて前へ出ようとする。
「ダメだ、翔くん! 危険すぎる!」
私は反射的に翔くんを引っ張り倒し、彼の前に立ち塞がった。
本物の若い勇者様を死なせるわけにはいかない。社畜の習性で、後輩を守るために無意識に身体が動いてしまったのだ。
「し、師匠……! 僕をかばって……っ!」
翔くんの瞳に感動の涙が浮かぶ。
そうこうしている間にも、魔王軍の先鋒である巨大な地竜の群れが、防壁の真下にまで迫っていた。彼らが口を開き、王都を粉砕するための高熱の火炎ブレスが一斉に放たれる。
「あぶなーいっ!!」
私は夢中で、押し寄せる火炎と魔獣の群れに向かって、「あっちへ行け」とばかりに大きく両腕を振った。
――ズガァァァァァァァァンッ!!!!!
ただの振り下ろされた二メートルの巨体の腕。
しかし、レベル99の腕力が生み出したその「ただの手振り」は、音速を遥かに超える巨大な【超圧縮の衝撃波(風圧)】となって戦場を駆け抜けた。
「「「グギャアアアアアッ!?」」」
地竜たちが吐き出した大量の火炎ブレスは、衝撃波によってそのまま真後ろへと押し戻され、逆に魔王軍の先鋒部隊を呑み込んだ。
さらに、巨大な台風をも上回る爆風が戦場を叩きつけ、数千の魔族が一瞬で紙くずのように空へと打ち上げられていく。
「な……なんだと……っ!?」
空中から戦場を見下ろしていた総大将バザルが、眼を飛び出させんばかりに驚愕した。
「魔法の詠唱もなしに……ただ腕を振った風圧だけで、我が軍の先鋒部隊とドラゴンブレスを全て吹き飛ばしただと……っ!? どんな化け物だあいつはぁぁぁっ!!」
当の私はというと、腕を振りすぎて「あ、ちょっと肩凝ったかも」と首をコキコキと鳴らしていた。
そして、まだ大勢残っている魔王軍を見て、途方に暮れてため息をついた。
「ふぅ……。参ったな、キリがないぞ……」
私がうんざりしながら深く息を吐き出した、その瞬間。
――ピキキキキキッ!!
私の身体を中心に、輝く純白の結界が全方位へと爆発的に広がり、王都全体どころか、魔王軍がひしめく戦場全体をすっぽりと包み込んだ。
勇者の常時発動型パッシブスキル――『神聖領域(聖なる防壁)』である。
「うあぁぁぁっ!? 光が……神々しすぎる光がぁぁぁっ!」
「魔力が……魔力が吸い取られていく……っ!」
邪悪な魔力を原動力とする魔族たちにとって、レベル99の純度100%の神聖魔力は「触れただけで溶ける超強力な毒」に等しかった。
結界に触れた魔族たちは、次々と武器を落とし、戦意を喪失してその場に崩れ落ちていく。
「ま、待て! 攻撃魔法すら使っていないのに、ただそこに立ってため息をついただけで、我が全軍の魔力を無力化したというのか……っ!?」
バザルは全身の毛穴から冷や汗を吹き出させた。
理解してしまった。目の前にいるこの大男は、自分たちとは生きている次元が違う。手を振れば暴風が起き、息を吐けば戦場が浄化される。戦うことすら、神に対する不敬なのだと。
(勝てるわけがない……! こんな奴と戦おうとした俺たちが愚かだったんだ……!)
「ひ、全軍撤退ぃぃぃっ!! 逃げろぉぉぉっ!!」
バザルは涙目になりながら、乗っていた漆黒の竜の首を無理やり反転させ、一番に逃げ出し始めた。
総大将が逃げたことで、残された数万の魔軍は大パニックに陥り、我先にと武器を放り出して、蜘蛛の子を散らすように本国へと逃げ帰っていった。
静まり返る戦場。
散らばった魔族の武器と、ぽかんと口を開けた王都の兵士たち。
「……え? もう終わり……?」
私は大きく手を振って、ため息をついただけだ。何も撃っていないし、一歩も動いていない。
しかし、王都の兵士や民衆からは、雷鳴のような大歓声が巻き起こった。
「「「うおおおぁぁぁぁっ!! ザックス様万歳っ!! 伝説の覇王万歳っ!!」」」
「ザックス様……っ! ただ手を一振りされただけで敵を壊滅させるとは、なんと神々しい……!」(セラフィナ)
「師匠! 一生ついていきます!!」(翔くん)
「いや、本当に俺、腕を振っただけなんですけど……!」
私の悲痛な叫びは、民衆の地鳴りのような歓声にかき消されていく。
こうして、王都を揺るがす史上最大の危機は、勇者ザックスの「ただの肩こり解消の手振り」によって、一瞬で解決してしまったのだった。




