魔王軍の本隊、王都を包囲するもターゲットを誤認する
腐敗したバルドゥス枢機卿の陰謀が、聖女セラフィナや勇者翔くん、そして王都の民衆たちの熱烈な「ザックス様擁護」によってあっけなく自滅した翌日のこと。
突如として、王都の全域にけたたましい非常警報の鐘の音が鳴り響いた。
「ま、魔王軍だーっ! 魔王軍の本隊が、王都を包囲したぞ!!」
物々しい叫び声に、私はギルドの窓から外を仰ぎ見た。
王都を囲む地平線が、漆黒の甲冑に身を包んだ数万の魔族の軍勢と、唸り声を上げる無数の巨大な魔獣によって黒く塗りつぶされている。かつてない世界の危機。空は邪悪な暗雲に覆われ、ただならぬ緊張感が王都を支配していた。
(ひ、ひぇぇぇ……! ついに本物の魔王軍が攻めてきちゃったよ! 数万って何だよ、前世の満員電車より密度がすごいじゃん……!)
私は内心、完全にガタガタと震えていた。レベル99のチート能力を持っている自覚は少しずつ出てきたものの、中身はただの平和主義な元社畜だ。できれば話し合いで和平交渉を結びたい。
王都の防壁の上には、国王をはじめ、ギルドマスターのガルガン、聖女セラフィナ、そして翔くんら防衛隊の主力が出揃っていた。私も彼らに呼ばれ、重い足取りで防壁の上へと向かった。
私が姿を現した瞬間、兵士たちの間に「ザックス様が来られた……!」「これで勝てるぞ!」と謎の安心感が広がっていく。
「ふっ、来たな人間の王よ。そして――王都に潜む『邪悪なる先遣隊の長』よ!」
魔王軍の軍勢の中から、巨大な漆黒の竜に乗った男が空中へと飛び出してきた。
禍々しい魔力を放つその男こそ、魔王軍を率いる最高総大将・猛将バザル。彼は拡声の魔法を使い、王都に向けて堂々と宣戦布告を放った。
「我が魔王軍が総力を挙げてこの地へ進軍した理由はただ一つ! 我が軍の四天王ゲイルを食事のついでに精神崩壊させ、ルバート公爵の合言葉を脅し取り、国の最高監獄を乗っ取って『新たな魔王城』に変えたという、最凶最悪の同業者――『ザックス』! 貴様を討ち取るためだ!!」
地響きのようなバザルの声が王都に響き渡る。
「……え?」
私は防壁の上で、思わず素っ頓狂な声を上げた。
(いや、俺を討ち取るため!? っていうか『邪悪なる先遣隊の長』って何!? 四天王が勝手に窓壊して逃げただけだし、監獄はおもてなしされただけなんだけど!?)
しかし、バザルの怒号は止まらない。
「人間どもよ! 貴様らは騙されているのだ! そのザックスという大男は、いずれ貴様らの王都を裏から乗っ取り、我ら魔王軍すら脅かそうとしている恐怖の『新魔王』だ! 我々は、世界の覇権をかけた魔王戦(トップ会談)をしに来たのだ!」
魔王軍の総大将は、完全にザックスを【魔王軍の地位を脅かす、新興勢力のヤバい闇の覇王】だと誤認していた。
これを聞いた防壁の上の平民や兵士たちは、一瞬だけザックスの顔(二メートルの巨体、顔面の大傷、冷徹な三白眼)を見て、「……いや、確かに言われてみれば魔王っぽいな」と納得しかけたが、すぐに首を振った。
「黙れ魔族め! ザックス様は確かに『世界を五回くらい滅ぼしそうな極悪面』だけど、中身は聖人なんだぞ!」
「そうだ! あのお方が新魔王なわけないだろ!」
「くそっ、人間の洗脳能力め、ここまで深いとは……!」
バザルは歯噛みした。
私はこのままでは全面戦争になってたくさんの人が傷ついてしまうと思い、一歩前に出て、防壁から身を乗り出すようにして、精一杯の平和的な提案をバザルへ向けて叫んだ。
「バザルさん! 誤解です! 私はただの一般人ですし、魔王軍の皆さんと戦うつもりはありません! どうか軍を引いて、話し合いをしませんか!?」
私は前世の営業スマイル(※顔面凶悪仕様)を浮かべながら、誠心誠意呼びかけた。
だが、私の口から放たれたのは、レベル99の『物理無効・極大』の防壁魔力が声の振動と共鳴した、地鳴りのような超重低音ボイスだった。
「――おいバザル。無駄な足掻きはやめろ。オレはお前たち雑魚を相手にするつもりはない。大人しく首を置いて国へ帰るか、それともここで全軍消し飛ぶか、今すぐ選べ」
完璧なまでの【絶対強者による冷酷な脅迫&宣戦布告】への脳内変換である。さらに、私が話し合いを求めて両手を優しく広げたポーズは、魔王軍の目には【いつでも王都ごと貴様らを消滅させられる広範囲滅亡魔法の構え】にしか見えなかった。
「ひっ……! な、なんという凶悪な魔力だ! あの構え、一撃で我が軍の半分が蒸発するぞ!」
空中浮遊していたバザルは、ザックスから放たれる圧倒的な「圧力」に本能的な生命の危機を感じ、乗っていた漆黒の竜ごとパニックを起こして数メートル後退した。
「全軍、突撃ィィィッ!! あのバケモノが魔法を発動する前に、力押しで押し潰せぇぇぇ!!」
バザルの恐怖に満ちた絶叫と共に、数万の魔王軍が一斉に王都へと向かって地響きを立てて進軍を開始した。
「あぁぁぁ! やっぱり話し合いにならなかったー!」
中身はただの平和主義な元社畜、見た目は世界を恐怖させる新たなる魔王。
魔王軍のターゲットが完璧に自分一人にロックオンされた状態のまま、人類の存亡をかけた(と周囲が勝手に思っている)最終決戦の火蓋が、ついに切って落とされるのだった。




