偽りの神託と、教会の裏切り
魔王軍の四天王とやらが、下町の大衆食堂の窓ガラスを割って泣きながら走り去ってから数日。王都の情勢は、私のあずかり知らぬところで風雲急を告げていた。
「市民の皆よ! 騙されるな! あの『ザックス』という大男こそ、人類を滅ぼすために魔王軍が送り込んできた『魔王の化身』である!」
王都の中央広場。まばゆい金飾りの法衣を纏った男が、拡声の魔導具を使って大声で民衆に呼びかけていた。
男の名はバルドゥス枢機卿。王都の教会を裏で牛耳る、強欲で腐敗しきった老人だ。彼は、私がルバート公爵の国家反逆を暴いたことで自分の不正(魔王軍との繋がり)まで芋づる式に発覚することを恐れ、先手を打って私を「人類の敵」に仕立て上げようとしていたのだ。
「神よ、偽りの救世主に裁きを! これなるが、神の御名において下された『神託』である!」
枢機卿が掲げた羊皮紙が怪しく光る。その背後には、彼に買収された百名を超える教会の聖騎士たちが、重々しい金属音を響かせて私を取り囲んでいた。
(ええぇぇぇ……! ついに公の場で『魔王の化身』って断言されちゃったよ……!)
私は広場の中央で、完全に顔を引きつらせていた。
前世の社畜時代、身に覚えのない派閥争いに巻き込まれ、理不尽に左遷されそうになった悪夢が蘇る。ここは下手に抵抗せず、理路整然と身の潔白を証明しなければ。
「あの、枢機卿様。私はただの一般冒険者でして、魔王軍とは一切関係が――」
私が弁明しようと、いつものドスの利いた超低音ボイスを発しながら、一歩前に出た。
――だが、その圧倒的な身長二メートルの巨躯と、顔面の大傷から放たれる凄まじい威圧感は、周囲の聖騎士たちに【ほう、オレを魔王と呼ぶか。ならばその神託ごと、この広場を血の海に変えてやろう】という冷酷な宣戦布告として伝わっていた。
「ひっ……! う、うろたえるな! 囲め! 奴をここで抹殺するのだ!」
枢機卿が恐怖で声を裏返しながら叫ぶ。聖騎士たちが一斉に剣を抜き、魔法の詠唱を始めた。
(あぁ、やっぱり話し合いじゃ解決できないのか……!)
私が絶望して目を瞑りかけた、その時だった。
「――そこまでにしなさい、不届き者たちが」
凛とした、しかし周囲の空気を一瞬で凍りつかせるような美しい声が広場に響き渡った。
群衆を割って現れたのは、かつて私が呪いを解いたエルフの聖女、セラフィナだった。彼女は私の足元にそっと寄り添うと、冷徹な瞳で枢機卿を睨みつけた。
「バルドゥス枢機卿。神聖なるエルフの聖女である私を、秒速で呪いから救い出したザックス様の純白の『神聖魔力』を、あなた方は忘れたのですか? あのお方こそ光と影の理を統べる真の主。そのお方を魔王と呼ぶなど、教会こそ神を裏切ったのですね?」
「な、何だと……っ!?」
「待てよ、おっさん! 僕も黙ってないぞ!」
さらに、セラフィナの背後から、輝く聖剣を携えた本物の勇者・天宮翔くんが飛び出してきた。彼は私の前に立ち、聖剣を枢機卿へと真っ直ぐに向けた。
「神の聖剣が選んだこの僕が、毎日ザックス師匠の部屋の雑巾がけをして、その圧倒的な聖人っぷりをこの目で見てきたんだ! 師匠は見た目こそ『世界を三回くらい滅ぼしそうな極悪犯』だけど、中身は誰よりも優しくてピュアな本物の勇者だ! 偽物の神託で師匠をハメようとした罪、僕の聖剣が許さないぞ!」
「しょ、翔様まで……!? なぜ本物の勇者がその怪物の味方をするのだ!?」
枢機卿の顔が驚愕で歪む。
それだけではなかった。広場に集まっていた一般の民衆や冒険者たちまでもが、次々と声を上げ始めた。
「そうだ! ザックス様が街を歩いてから、スリもカツアゲもなくなって治安が最高になったんだぞ!」
「悪徳貴族のルバートを成敗したのもザックス様だ!」
「俺たちのザックス様を魔王扱いするな! 裏切り者の教会め!」
広場を埋め尽くす数千人の民衆が、一斉に教会への怒りの声を上げる。地鳴りのような大ブーイングに、買収されていた聖騎士たちも「俺たちは間違った側についてしまったのでは……」と戦意を喪失し、次々と武器を落とし始めた。
「ば、馬鹿な……! 王都のすべての人々が、あの恐怖の男を『聖人』として崇拝しているというのか……っ!?」
バルドゥス枢機卿はガタガタと震え、その場に崩れ落ちた。
(ええぇぇぇ……。みんな、助けてくれるのは嬉しいけど……『見た目は世界を三回滅ぼしそうな極悪犯』って言うのだけは傷つくからやめてくれないかな……?)
私は頭を抱えたくなったが、何はともあれ、戦うことなく教会の陰謀は完全に粉砕されたのだった。
だが、この王都の大混乱を遠くから見つめる、不気味な影があった。教会の裏切りが失敗したことを察知した魔王軍の本隊が、ついに王都のすぐ近くまで進軍を開始していたのである――。




