表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲロと誠 〜新宿のダメホスト、夢で沖田総司を極めて歌舞伎町の王になる〜  作者: 桐生宇優


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/30

第十八章:狼の帰還、夜の法度

薄汚いワンルームのユニットバス。

冷水を頭から浴びると、脳の芯まで凍りつくような感覚と共に、完全に「僕」が一つに噛み合った。


鏡を見つめる。

そこに映るのは、かつての覇気のない、怯えたようなレイの顔じゃない。


幾百人の命を奪い、凄惨な戦場を生き抜き、そして最愛の家族たちの死を看取ってきた、沖田総司の――いや、「壬生狼」の瞳だ。


「……待たせたね、みんな。僕の戦場へ行くよ」


僕は静かに微笑んだ。お光さんが愛してくれた優しさは魂の奥底、決して誰も触れられない聖域に厳重に仕舞い込んである。


これから向かうのは、現代の戦場。

優しさなどという生温かいものは、ただ自分を無力にし、使い潰される結果しか生まない。

鳥羽伏見で、そして板橋で学んだ冷徹な現実が、僕の肉体を鋼のように支配していた。


【すべての身支度は、死装束の如く】


僕は部屋に戻り、散乱したゴミを一切目に入れることなく、出陣の身支度を始めた。


クローゼットから取り出したのは、細身の黒いホストスーツ。


かつては「これを着せられている」という感覚だった。けれど今の僕にとって、この衣服を身に纏う感覚は、あの雨の夜に山南さんを、芹沢鴨を暗殺するために身に付けた、漆黒の死装束しのびしょうぞくと同じだ。


シャツのボタンを一つずつ、正確に留めていく。


それはまるで、いくさの前に鎧の紐を固く結び直すような、厳かな儀式だった。


ネクタイを締め上げ、襟元を整える。喉の奥にこびりついていたはずのあの「鉄の味」はもうしない。代わりに、底知れない静寂が僕の肺を満たしていく。


最後に、姿見の前に立つ。


髪を整え、ジャケットを羽織る。


腰に名刀『加州清光』の重みはない。

けれど、僕の右手の五指は、いつでも敵の喉笛を正確に肉薄し、引き千切るための「人斬りの型」を完全に記憶していた。


理不尽に酒を飲まされ、ゲロまみれにされて泣き寝入りしていた「かつてのレイ」は、もうこの部屋のどこにもいない。


近藤さんの温かい抱擁と、その最期の微笑。


土方さんの冷徹なまでの組織論。


そして、近代兵器という強大なシステムへの理解。


それらすべてを脳内に宿した、新宿の夜を支配するための「絶対的な覇王」が、そこに立っていた。


「……御用改めだ」


小さく呟いたその声は、かつて池田屋の階段を駆け上がったあの時のように、低く、冷たく、そして鋭利に響いた。


【不夜城への進軍】


部屋を出て、新宿の街へと踏み出す。


五月の夜風が、僕の髪を揺らした。

千駄ヶ谷の陽だまりの風とは違う、排気ガスと欲望の混ざり合った、淀んだ街の匂い。


見上げる空には、星の代わりに狂ったように明滅するネオンの光。


行き交う人々は皆、何かの欲望に飢えた顔をして、足早にコンクリートの床を歩いていく。


(ああ、やっぱりここは、あの京都の街と同じだ……)

誰もが自分を殺し、仮面を被って、一瞬の情愛と金に飢えて彷徨っている。


ならば、僕のやるべきことは一つしかない。


力のない者は毟り取られ、ルールを作る者がすべてを支配する。

この街のシステム(資本)をハックし、僕自身が新選組の、この夜の街の「法度ルール」になるんだ。


目的地が、見えてきた。


僕をゲロまみれにして使い潰そうとした、ホストクラブ「アポロン」の巨大な看板。


その地下へと続く階段は、僕にとって、あの池田屋の、血塗られた階段そのものだった。


僕はポケットの手を抜き、迷いのない足取りで、不夜城の深淵へと足を踏み入れた。


今夜、新宿の夜が、一匹の飢えた狼の牙によって、根底から塗り替えられる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ