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ゲロと誠 〜新宿のダメホスト、夢で沖田総司を極めて歌舞伎町の王になる〜  作者: 桐生宇優


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第十五章:硝煙の墓標、鳥羽伏見の屠殺

慶応四年、一月三日。


京の南、鳥羽・伏見の地は、日本の歴史がこれまでに経験したことのない、凄惨な「鉄と血の葬列」の舞台へと変貌しようとしていた。


新宿のホストクラブ「アポロン」で、最新の音響設備から流れる重低音に耳を傾けていた僕の魂。その現代の記憶は、大坂の病床に横たわる僕の耳に届く、地響きのような「砲声」によって完全に叩き起こされた。


激化する結核のため、僕は前線に立つことを許されず、大坂城近くの静まり返った部屋に隔離されていた。

けれど、僕の意識は、そして沖田総司としての「人斬りの嗅覚」は、遥か数里先の戦場で起きている、試衛館の仲間たちの悲鳴と肉の焦げる匂いを、恐ろしいほどの解像度で感知していた。


それは、剣の時代が文字通り「粉砕」される、残酷極まりない敗北の記録だった。


【黒煙の伏見、奉行所の檻】


戦記が幕を開けたのは、一月三日の夕刻だった。鳥羽の小枝橋での発砲を合図に、伏見の街もまた地獄の業火に包まれた。


新選組が布陣したのは、伏見奉行所。近藤さんは手負いの身で大坂に退いており、指揮を執るのは土方さんだ。彼らの眼前に立ち塞がるのは、薩摩・長州の新政府軍。


だが、この戦いは、これまで僕たちが潜り抜けてきた「池田屋」や「油小路」のような、互いの技と命を削り合う美しい白刃戦ではなかった。


薩摩軍は、伏見奉行所を見下ろす御香宮ごこうのみや神社に、最新鋭の四斤山砲よんきんさんぽうを並べていた。


「放てッ!!」


轟音と共に放たれた砲弾が、奉行所の瓦根を、白壁を、そして中にいた隊士たちの肉体を、容赦なく吹き飛ばした。


―ズガァァァンッ!!

爆風と共に、引き千切られた平隊士の腕や脚が、生暖かい雨のように中庭に降り注ぐ。


木造の奉行所は一瞬にして火の海となり、黒煙の中、隊士たちは煙にむせ返りながら、見えない敵に向かって刀を抜くしかなかった。


「敵は見えん! 撃ち下ろしてくる弾を斬ることはできん!」


永倉新八さんが、煤まみれの顔で吠えた。彼の自慢の剛剣も、数百メートル先から飛来する鉄塊の前には、ただの鉄の棒に過ぎなかった。


【鉄の雨、肉体の解体ショー】


一月四日、朝。


火の海となった奉行所を捨て、新選組は敵の銃陣に向かって「死の突撃」を敢行した。


原田左之助さんが槍を掲げ、永倉さんが刀を血に飢えた狼のように振るう。

彼らの後ろに続くのは、試衛館以来の「誠」の旗を信じる若き隊士たちだ。


だが、彼らを迎撃したのは、新政府軍が装備する最新鋭のミニエー銃とスナイドル銃の、圧倒的な一斉射撃だった。


―バラバラバラバラッ!!


それは、突撃する人間の肉体を「解体」するための、機械的な作業だった。


ミニエー弾という巨大な鉛の弾丸は、人間の肉体に命中した瞬間、内部で激しく変形し、骨を粉砕しながら肉を爆発させる。


先頭を走っていた若い隊士の胸に、数発の弾丸が直撃した。


―ドグシャァッ!!


彼の胸骨は一瞬で粉砕され、背中から拳大の穴を開けて、飛び散った心臓の破片と肺の組織が、後ろを走る隊士の顔にへばりついた。


別の隊士は、顎を弾丸に撃ち抜かれ、下顎を丸ごと失いながらも、喉からヒューヒューと血の泡を噴き出して数歩歩み、そのまま泥の中に顔を埋めた。


「突っ込め! 距離を詰めれば我らの勝ちだッ!」


新八さんが叫ぶが、その声も、次々に肉体を断裂させていく銃声にかき消される。


弾丸は容赦なく隊士たちの四肢をモギ取っていった。

ある者は太ももを撃ち抜かれ、大腿動脈から太い血の柱を噴き上げながら転倒し、自分の溢れ出る血で溺れながら死んでいった。


大地は、若者たちの飛び散った内臓と、ちぎれた手足、そしてどす黒い鮮血で泥濘ぬかるみと化していた。


どんなに剣術を極めようとも。


どんなに「天才」と称えられようとも。


引き金を引くだけで放たれる鉛の粒は、彼らが数十年かけて磨き上げた剣技を、一瞬で「無価値なゴミ」へと変えていく。


【引き裂かれる誠、現世への絶対的な絶望】


さらに彼らを絶望させたのは、一月五日、新政府軍の陣頭に翻った「錦の御旗にしきのみはた」だった。


金色に輝くその旗を見た瞬間、旧幕府軍の兵士たちは「自分たちは朝敵(国の敵)になった」という恐怖に支配され、戦意を完全に喪失した。


「……退け。これ以上の無駄死には許さん」


土方さんの声は、怒りを超え、深い虚無に沈んでいた。


彼の額からは血が流れ、あの美しかった顔は、硝煙と仲間の返り血で黒く汚れ果てていた。


新選組の誇り、近藤さんの夢、そして多くの仲間が命を懸けて守ろうとした「誠」の文字は、近代兵器の圧倒的な火力と、政治という名の巨大なシステムによって、文字通り木っ端微塵に粉砕されたのだった。


大坂の病床で、僕はその「敗北のすべて」を血吐くような思いで受け止めていた。


(……ああ、そうか。……そういうことか、レイ)

僕の中の「現代人としての知性」が、冷徹にその本質を理解した。


個人の技術(No.1)や、熱いプライド、そんなものは、時代がもたらす「圧倒的なシステム(資本・兵器)」の前には、一瞬で圧殺されるのだ。


どんなに美しい理想を掲げても、強大な力を持ったプラットフォームに逆らうことはできない。


この鳥羽伏見の、あまりにも無惨で理不尽な敗北。


それは、レイの魂に、平助の死以上の「冷酷なリアリティ」を焼き付けた。


いつか彼が現世(新宿)のネオンの下に戻った時。

彼は、ただ指名をもらうために必死になる「一人のキャスト」という枠を完全に捨てるだろう。


この戦場で学んだ「システムで人を屠る」という冷徹さ。


店を動かし、資本を操り、夜の街の「ルールそのもの」を作り変えて、敵を合法的に圧殺する。


あの美しくも残酷な副長・土方歳三の冷徹さと、近代兵器の無慈悲さを脳に宿した、新宿の夜を支配する「冷血な覇王」への進化。


その決定的な覚醒が、この鳥羽伏見の硝煙の中で完了した。


「……みんな、ごめん。……僕が、僕が動ければ……」


血の泡が口から溢れ、僕は意識を失うように深い闇へと落ちていった。


新選組の、そして僕の、輝かしい「幕末」という夢が、終わりを告げようとしていた。


【史実解説】

鳥羽伏見の戦い(1868年): 戊辰戦争の初戦であり、新選組の運命を決定づけた戦いです。新選組は伏見奉行所に布陣しましたが、御香宮神社からの薩摩軍の砲撃により奉行所は炎上。その後、激しい銃撃戦となり、刀や槍を中心とした旧幕府軍は、新政府軍の近代的な火力(ミニエー銃など)の前に惨敗を喫しました。

剣の時代の終焉:この戦いで新選組は多くの生え抜き隊士を失いました。土方歳三は「これからは刀の時代ではない」と痛感し、これ以降、新選組は洋式軍服を着用し、銃火器を中心とした戦術へと大きく舵を切ることになります。

錦の御旗の効果:*朝廷が新政府軍を「官軍」と認めた証であるこの旗が翻ったことで、旧幕府軍は精神的に完全に崩壊しました。新選組にとっても、「正義のために戦っていたはずが、いつの間にか逆賊になっていた」という、最も残酷な現実を突きつけられた瞬間でした。

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