ガリー
「ハンエー侯爵家が傾いている?
どういうことだ?」
たしかあの家は代々幸運の申し子が産まれるはずだ。
そこに住んでいるだけで家門の繁栄が約束されるといううらやましい存在。
十数年前に嫡女──ラジーというらしい──が産まれた話を聞いた覚えがあるが、どういうことだ?
調べてみると、女侯爵だったラジー嬢の母が亡くなった後、叔父が後を継ぎ、ラジー嬢は離れに押し込められたらしい。
まあ、血の繋がった弟が後を継いだなら、簒奪云々という話にもならないか。
…つまり、ラジー嬢が不幸だから家が傾いてきた、ということか。
ふむ。そういうことなら。
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「そんなわけで、箔付けに侯爵家の血を引く令嬢を娶りたいと思っておりまして。
支度金としてこれくらい…」
貧すれば鈍すとは、このことか。
はした金で金のなる木を手放すとは。
とはいえ、あの家では力を発揮できないのであれば、我が家がもらっても構わんだろう。
全て我が家で揃えるから今すぐ身一つでよこせと言って、連れてきた。
ラジー嬢に二度と接触しないとの契約を結んで。
衰弱がひどい。
あのまま放っておいたら、2か月もたなかったかもしれない。
彼女の力は、本人が幸せを感じていないと発揮されない。
今、ハンエー侯爵家が傾いているように。
彼女にしてみれば、私は金で彼女を買った男だろう。
まずは、信頼関係を築かなければ。
彼女を手に入れようとする者が現れても困るから、極力男は近付けないようにしよう。
「君を抱くことはできない」
そう言って彼女の寝室を出ると、マールに苦言を呈された。
「あの言いようでは、お前はいらないと言われたように感じてしまいます。
年頃のお嬢様に対する物言いは、もう少し言葉をお選びください」
「む、まずかったか」
「明日、私の方からご説明はいたしますが、旦那様からも後日きちんとご説明なさいませ」
二月経って、マールから報告が上がってきた。
「ラジー様は、まだ月のものがないようです。
妊娠している、というのではなく、お体の方が成熟されていないのかと」
「なるほど、確かに15歳とは思えないほど小さいからな」
ラジー嬢は、これまでの虐待の影響で食べられる量が異様に少ないそうだ。
本当に、あのままでは死んでいただろうと思うと、怒りが湧いてくる。
侯爵はラジー嬢を病死という形で排除したかったのだろうが、いくら自分の子に家を継がせたかったとはいえ、それはどうなのだ?
自分の子と婚姻させれば、爵位も幸運も自分達のものだったろうに、まさか自分の家系の秘密も知らないのか? 私が調べられる程度のことだというのに。
そのお陰で我が家が恩恵に与れるのだが…。
ラジー嬢の食事の量が少し増えてきたので、信頼関係構築のために午後のお茶の時間を設けることにした。
「久しぶりだが、元気にしていたか?」
「はい。おかげさまで。
ごはんもおいしいです」
「それは何よりだ。
君との婚姻は、政略的な側面が強いし、歳も離れているから、君が私に関心を持つのは難しいと思う。
だが、私としては、我が家に迎えた君を大切にするつもりでいる。
今後は、できるだけこうして2人でお茶を飲む時間を設けたいと思っている。
都合の悪い日は、マールに申し伝えてほしい」
「はい」
「君が実家で監禁同然の扱いを受けていたことは知っている。
そのせいで、君の体は相当弱っている。
外出を禁じているのは、君の健康と安全を守るためだ。
屋敷の中では、むしろ庭を散歩するなどして陽に当たり、体力を付けた方がいい。
庭師が丹精込めた庭を見るのも楽しいだろう。
時間が合えば、私も散歩に付き合おう。
そのうち、どこか一角を君の好きな花で飾るのもいい。その時は、マールを通じて庭師に指示してくれ」
マールから、ラジー嬢が刺繍の練習をしているという話は聞いていた。
そろそろ見られるものになってきたことも。
どうやら、私にハンカチをくれるらしい。
「あの、ガリー様…今、刺繍を習ってて…上手じゃないんですけど…これを…」
おどおどとラジー嬢がハンカチを差し出してきた。
ややたどたどしく花のようなものが刺してある。
決して出来のいいものではないが、ラジー嬢が自発的にしてくれたことが重要だ。
彼女なりの好意の表れと言える。
「ありがとう、使わせてもらう」
早速ハンカチを持ち歩くようになったのだが、その威力は驚くほどだった。
肩が軽い。
目が疲れない。
元々、彼女とのお茶の後は、体が軽くなったような気がしていたが、そんなものじゃない。
洗濯のため毎日は持ち歩けないが、持っている日といない日で、明確に違う。
ハンカチ1枚でこうなのだ、彼女の力は疑いようがない、
彼女を大切にせねば。俺の幸運の女神だ。
2枚目のハンカチをもらった。
ラジーの言動に、私への思慕が見えるようになってきた。
だが、まだ彼女の体は年齢に見合わないままだ。
養子にした妹の子は今10歳だが、それと並ぶとちょうどいいくらいではなかろうか。
元々は、ラジーの子がガルゾーの立場を奪うことになるから、ガルゾーを刺激しないため接触させないようにしていたのだが。
ラジーがガルゾーに興味を持つのは面白くない。
絆されたかな。
男女の愛かといわれれば疑問があるが、私を頼りにし、私のために刺繍してくれるラジーを手放したくないと思う。
まあ、いい傾向ではあるのか。
心から慈しむようになれば、彼女の力もより強く発揮されるだろう。
「ラジー、おいで」
「はい」
抱え上げて、膝の上に載せる。
「軽いな。
もう少し食べないと。
あ、いや、無理に食べる必要はないが」
抱き寄せ、頭を撫でる。
ラジーは少し嬉しそうに目を閉じる。
今はまだ、これくらいでいい。
1年後、ハンエー侯爵家が我が家に援助を申し入れてきた。
ラジーを捨て、ラジーに見捨てられた家の末路だ。
婚姻の際に、今後の援助はしない旨契約していたから、援助もラジーに会わせることも拒否した。
2年後、ハンエー侯爵家が爵位を返上した。
ラジーには、教えない。
ラジーは、背も伸び、肉付きもよくなり、ようやく18歳にしては小柄、くらいになってきたところだ。
刺繍の腕前も随分上がり、私だけでなくマールやガルゾーなどにも刺繍したものを渡している。
「旦那様、私、赤ちゃん産めるようになったのですって」
定位置になった膝の上で、ラジーが見上げてくる。
その目は、期待と恋慕の色を湛えている。
そうだな。夫婦なのだし。
ラジーを幸せにすれば、自分も幸せになり、家門も栄える。
こんな簡単なことに気付かず滅びるハンエー侯爵家の気持ちはわからんな。
ガリー様は、ガリー・ナリーアで、(成り上がり)です。
ラジーは、座敷童のイメージで、代々女性がその体質を受け継ぐという裏設定がありました。




