第一章 : 週1里帰りその2~夕食~
今日の夕食は家族みんなで食べた。
全員で食卓を囲むこの風景を、一体いつぶりに見ただろうか。
「いただきます」
久しぶりの、家のごはんだ。
しかも、お母さんや優羽が作ってくれたらしい。
二人とも、時間がない中頑張ってくれた......その事実に凄く歓喜する。
味噌汁の匂いに白米の湯気。
ごく普通の日本家庭の手料理といった献立だけれど、ひどく懐かしいのは異世界に慣れすぎたせいだろうな。
「……落ち着くなぁ。」
「でしょ!」
母が静かに笑う。
母の笑い方は、昔と変わらず、少しだけ肩をすくめて、声を立てすぎないようにする笑い方だ。
それだけで、胸の奥がじんわりと緩む。
「優羽、これ味どう?」
「え、急に?」
箸を止めて、優羽がこちらを見る。
少し伸びた髪を少し触りながら、どこか照れくさそうに。
「普通に美味しいけど……っていうか、姉ちゃんがどう思うかでしょ。」
「いや、普通に美味しいよ。美味しいからこそ作った人はどう思ってるのかなぁって?笑」
即答すると、優羽は一瞬だけ目を丸くして——
「……なにそれ、ちょっとムカつくんだけど。」
そう言いながらも、口元は少し緩んでいる。
「なんでよ」
「いや、そりゃさ、俺は美味しいと思って作ってるわけだし......。」
「ふふ、だよね、ごめんごめん笑」
こんな会話をできるのだって、久しぶりだ。
別に優羽とは会っていたはずなのに、中々こういった会話をしている余裕はなかったからね。
「ねぇねぇ、私の作った作ったご飯はどう?」
そういうお母さんに急かされ、私は肉じゃがを食べる。
「わぁ!凄く美味しい!」
そう言うと、お母さんは目をキラキラ輝かせて言う。
「ほんとぉ!良かったぁ。お母さんだって伊達に独身時代過ごしてないわよ。」
そう言うお母さんに全員で笑うこの空気が、なんとも居心地がいい。
「でもほんと、ありがとね。作ってくれて」
そう言うと、今度は優羽が少しだけ視線を逸らした。
「……別に。時間あったし」
「嘘。絶対忙しかったでしょ」
「……まあ、ちょっとは」
「ちょっとどころじゃないでしょ」
横からお母さんが入る。
「この子ね、帰ってきてすぐ台所立ったのよ。“姉ちゃんが帰ってくるならちゃんとしたの作る”って」
「ちょ、母さん!」
「いいじゃない、別に」
「よくない!」
耳まで赤くなっている優羽に、思わず笑ってしまう。
「ありがと、ほんとに」
両親も、優羽も忙しいんだ。
今は私もか。
兎に角、こんなに幸せな時間を後何回、後何年過ごせるか分からないから。
噛みしめていたい。
優羽は少しだけむすっとした顔のまま、
「……どういたしまして」
と小さく返した。
そのやり取りを、お父さんがほほえましそうに見ていた。
箸を動かしながら、時々こちらに視線を向けてくる。
「……お父さん、どうしたの?」
「いや」
お父さんは短く答える。
「俺にはあんまりかまってくれないなぁって......」
意外にもそういう答えが返ってきて私はびっくりした。
「いや、さっき踊ったじゃん!?」
「だって、最近いつもに増して会えないんだし......。異世界はどうなんだ?」
家族のだれもが触れていなかったその一言で、空気がほんの少しだけ変わる。
「普通に食べてたよ。パンとか、スープとか……あと、肉も結構。山菜とかも食べたし。」
そう言うと、お父さんは面食らった顔をして訂正する。
「あ、いや、食事の話じゃなくて......w」
あ、あぁ~~異世界で何したかの話ね?
「普通に魔法の練習とか......?」
そう言いながら、味噌汁を一口飲む。
出汁の味が、体に染みる。
「魔法......写真は見たが、やっぱり本当にあるんだなぁ。しんどかったりしないのか?大丈夫?」
「んー、教えてくれてる人は鬼みたいに厳しいけど、楽しいよ。」
思わず本音が漏れる。
レイさんに鬼だなんて言った事がバレたら怒られるだろうなぁ笑
お父さんはそれを聞いて、小さく頷いた。
「なら、大丈夫そうだな」
その言葉は、どこか確認のようでもあった。
「うん」
私はそう短く答える。
それ以上の説明はいらない気がした。
しばらく、箸の音だけが続いたけれど、それは気まずさじゃなく、むしろ心地いい沈黙だった。
テレビもついておらず、スマホも誰も見ていない。
ただ、同じ時間を共有しているだけ。
「そういえばさ」
ふと、優羽が顔を上げる。
「今日、めっちゃニュースになってたよ」
「……あー」
「魔法少女現るみたいなやつ」
「やめてその言い方」
「いや、だって実際そうじゃん」
「違うし」
「違わないでしょ。めっちゃキラキラしてたし。あんなに体動かせたんだな姉ちゃん。」
「それは演出」
「演出って何」
「いや、その……流れ?」
自分で言っていても苦しい。
「動画、もう何百万再生いってるよ」
「はやくない?もう......」
「コメント欄もやばい。“本物?”とか“CG?”とか、“結ちゃん可愛い”とか」
「最後いらない情報」
「いるでしょ。一番多かったよ。」
「いらない」
また小さく笑いが起きる。
母が味噌汁をおかわりしながら、ぽつりと言う。
「でもね」
全員が自然とそちらを見る。
「どんなにすごいことしても、結は結だから。」
シンプルな言葉。
だけど、それ以上でもそれ以下でもない。
「ここでは、普通にご飯食べて、普通に笑ってていいの。でも、多分これから普通に外出歩けないわねぇ....」
母は偉大なり、なんて言うけれど本当にその通りだと思う。
「……うん」
自然と頷く。
肩の力が、少し抜ける。
「あと、明日の朝もちゃんと食べなさいね」
「急に現実見せてくるね?」
「大事でしょ。」
「大事だけど。」
このやり取りになんとなく既視感を覚える。
あ、そうか、レイさんってお母さんに似ているんだ。
「あと洗い物、今日は結やってね」
「え、なんで」
「久しぶりに帰ってきた人は働くの」
「その理屈おかしくない?」
「おかしくないですー」
優羽が便乗する。
「そうだぞ、姉ちゃんに任せた!ついでに父さんも!」
「え、俺も!?」
言いながらも、どこか楽しい。
「……まあ、いいけど」
「よっしゃ!」
「単純」
「うるさい」
笑いながら、ご飯をもう一口。
温かい。味も、空気も、全部。
あぁ、ちゃんと、帰ってきたんだな。
その実感が、ようやく形になった気がした。




