1-2. 望まれている?婚約
本の全般的な分野で言えばまだまだ男性の方が読む率は高いが、恋愛小説や作者が見目の良い有名な作家だったりすると圧倒的に女性の率が高い。そう変化していったのはここ数十年ほどのことだが、その影響で図書館を使用する貴族の令嬢も増えてきている。
女性の読書の率が上がったのはここ数十年ほどのことだ。当然、令嬢が使用することが増え始めた当初、司書と言えば男ばかりだった。しかし目当ての本を探すのに男性司書に話しかけられない令嬢も多く、その影響で女性司書の需要が増えた。
だが、司書だけに問わず、城で働くには試験や適性検査、面接をクリアし、身元も小綺麗でなければいけない。
そのためやんごとない貴族の令嬢は、試験や適性検査を受けなくても就ける《侍女》として働くならまだしも、司書になろうとは考えないらしい。
ライバルが少ないからもしかして、と思ったことは否定しないが、司書として働き、結婚後も仕事を続けたいと言えば亭主関白がお好みな男は見切りを付けて結婚相手候補とは見なさないだろうし、働いている間は防犯システム完備の女性専用の部屋を借りることができるから家に帰らなくても良い。
それに経験を積んで認められれば、副館長や館長も目指すことができるのだから、目指さない手はないだろう。
それから必死に勉強し、成人と認められる十六歳になった年、アシュリーは両親に城下にいる友人に会いに行くと言って、城で行われた司書になるための試験を受けた。
後日届いた採用通知書に飛び上がるほど喜んだことは、今でも思い出せる。
けれどその採用通知書が届くまで、アシュリーは両親に司書になりたいということは伝えられなかった。恐らく渋い顔をされるだろうから。
覚悟を決め、両親にすべてを伝えた夜、当然ながら渋い顔をされた。何かこそこそとしている気配は感じていただろうが、まさか司書になって城で働くために頑張っていたなんて思いもしなかったはずだ。
だがアシュリーの熱心な説得に、結果的に両親は折れてくれた。採用通知書まで出されれば、「ならば一度やってみなさい」と言う他なかったのだろう。
恐らく両親としては、就いてみたけれど途中で嫌になって帰ってきてくれることを望んでいたのかもしれない。
だが、アシュリーはけして仕事を辞めようとは考えなかった。
当然嫌なことはあるし、口さがない噂話を耳にして思い出しては落ち込むことはあったけれど、職場環境に恵まれていたお陰でそれなりに充実していた。
そうしてアシュリーは家を十六歳で出てからおよそ五年弱、休暇中の帰省を除いて実家には帰らず、司書として王立図書館に通っている。
ここ数年は司書としてだけではなく、とある問題児の面倒を見ることも任されてしまったが、それはともかく。
充実している今の環境を捨てて家に帰ってくるだなんて考えられなかった。
冷静を必死に保ちながら、アシュリーはちらりと両親を窺う。
ふたりは怪しげにアイコンタクトを取っていた。その様子に、アシュリーの背中に嫌な予感が走る。そして再びアシュリーを見据えた父がこう切り出した。
「アシュリー、お前には言っていなかったが、随分前から婚約の話が来ている」
「あら、おめでとう、スペンサー」
「姉上、私にではなく、あなたにです」
渾身のボケを披露してみたが、誰も誤魔化されてはくれなかった。涼しげな顔立ちの美青年に成長した弟から、真顔で返事をされる。
嫌な予感が的中したことにアシュリーは焦った。次こそは落としそうな気がして、手に持っていたティーカップをひとまずテーブルに置く。
「どなたかと、その方はお間違いになられているのではないですか、お父様」
「いや。間違いなく、王立図書館勤務のマクブライド男爵家長女、アシュリー・マクブライド宛だ」
「……後妻かしら。それとも愛人?」
「後妻でもなく、愛人でもない。お前を正妻にと、望まれている。結婚後も、負担にならない程度なら仕事を続けても良いと言ってくださっている。相手は由緒正しい家の方で、悪い噂も聞かない。正直言えば我が家には勿体ないぐらいの良縁だ」
正直、アシュリーは父は一体何を言っているのだろうと首を傾げた。
そんな優良株が男爵家の令嬢……とは名ばかりにありつつある娘に婚約を申し込んでいるなんて有り得ないと思わなかったのだろうか。とうとう呆けてしまったのかと心配になった。だが、父の目は相変わらず真剣だ。
「我が家よりも爵位が上の家からの申し出だ。有無を言わさず、お前を妻にと言ってくれれば良かった。だが、その方はお前の同意が欲しいと言った。もし同意を得られないのなら、得られるまで努力すると」
「は」
父の言っていることが理解できない。言語自体は理解できているし、意味もわかっている。だが、こちらにばかり有利な話だなんてどう考えてもおかしすぎる。
相手の家は、アシュリーの家よりも爵位は上だと言う。なのにアシュリーの同意が得られなければ得られるように頑張るとは、訳がわからない。
相手の家に父が騙されているのか、それとも自分が今、騙されそうになっているのか。考えてもアシュリーにはわからなかった。
考えれば考えるほど気持ちは重くなっていくし、頭も痛くなってきた。
これ以上考えても頭痛が酷くなるだけで堂々巡りだ。
「わかりました。ですが突然のことで整理がしきれていなくて……そのお話、少し待って頂けますか」
そう言ったアシュリーの表情が余程色をなくしていたのだろう。父は構わないと言って、侍女に部屋まで送るように言った。
けれどひとりになりたいからと、アシュリーはその申し出を断って扉へと向かう。
「アシュリー、机の上に相手の方の肖像画を置いておいたの。気分が良くなったら見てみてね」
気遣いながらも付け加えられた母のその言葉に、アシュリーの心はさらに重くなる。ありがとうございます、と辛うじてお礼を口にして、ダイニングを出た。
ダイニングを出て階段を上り、通路を進んだ一番奥がアシュリーの部屋だ。
掃除はされているものの、屋敷を出たときと変わっていない自室のベッドに腰掛けて、彼女は重苦しく大きなため息を吐いた。




