3-5. 彼の本音(2)
話を広げて自分で自分の傷を抉るなんて馬鹿だと思う。そんな自分にアシュリーは自嘲した。
「恐らく、同じ気持ちだと思うのだが……最近、彼女に避けられている気がして……自信はない」
自信なさげに落ちてきたヴィルヘルムの声に視線を上げると、彼は瞳を伏せたところだった。
アシュリーがもし野心的で積極的に自分を売り込めるタイプの令嬢であったならば、ここで彼にとっては望まないだろう言葉を吐き出して、自分の方に目を向けさせようとしただろう。
けれど、そんな勇気があったなら叶わないとわかっていても気持ちだけでも伝えていただろうし、こんな状況になることはなかった。
失恋して、自らで自分の傷を抉って、その上好きな人の役に立とうとしている自虐的な自分に呆れながら、アシュリーは疑問を口にした。
「ちなみに、避けられてると言うのはどんな感じに、ですか?」
「彼女とすれ違うことの多かった廊下で、出会わなくなった。別の道で彼女の姿を見かけても、騎士団員がそこにいると気付くと、逃げてしまう。……久し振りに話せたと思ったら、どこかぎこちなくて、以前と同じようには笑ってくれなかった」
「あ……」
「アシュリー嬢?」
ヴィルヘルムの状況にどこか既視感を感じる。けれどアシュリーは首を横に振って、何でもないと肩を竦めた。
話を整理して考えると、どうやら彼の想い人は城にいる女性の誰からしい。
隣に立つのに相応しい女性を記憶の中から探してみるけれど、感情が邪魔してうまく探せなかった。
首を横に振ったとき、ヴィルヘルムが落胆したような表情をしたように見えたけれど、気の所為だろうか。
「ええと、避けられるようになった理由に心当たりは、ありますか?」
少しの沈黙のあと、言い難そうにヴィルヘルムは口を開いた
「心当たりは、あると言えば、ある……のだが、相手も同じ気持ちだと知ったのは、そのときだった。だから少し、判断に迷っている」
心当たりだというタイミングで同じ気持ちだとヴィルヘルムが知ったのなら、必ずしも避けられる理由がそこだとは限らない。
ならば、彼女の口にした《好き》だという言葉が嘘だったら?
顔を合わせるのが気まずくて避けている可能性が高い。その逆に、本当だったとしても恥ずかしくて避けてしまうだろう。
アシュリーだったらきっと羞恥心が勝って、避けてしまう。
こういうときに恋愛経験が豊富であればヴィルヘルムを鼓舞してアドバイスくらいはできたのだろう。
だが、ほぼ恋愛初心者と言っていいアシュリーに気の利いた励ましができるはずもなく。
「やはり……嫌われて、しまったのだろうか」
切なげな響きで、ヴィルヘルムが呟く。
好きな人に避けられて嫌われてしまったかと不安になるヴィルヘルムの気持ちは痛いほどわかる。
「状況を聞いただけなので、嫌われてないとも嫌われているとも、わたしは言えません。だから……月並みのことしか言えなくて申し訳ないのですが、まずは一度、きちんと話をしてみたらどうかなと思います」
言葉にしながらアシュリーは、どんな口がこんなことを言うのかと心の中で失笑した。
こんな偉そうなことを言える立場に自分はいないのに。
「話をして、それで嫌われていなかったときは改めて気持ちを伝えてみたら、どうでしょうか……?」
あまりにヴィルヘルムが真剣に見つめてくるものだから、緊張で語尾が怪しくなっていく。
妙案は思い浮かばなかったけれど、ヴィルヘルムに幸せになって欲しいという気持ちは本物だ。
アシュリーの恋は叶わなくなったけれど、せめて、彼の想いは叶って欲しかった。
けれど、応援したい気持ちとは裏腹に失恋の悲しさや苦しみも一緒に襲ってきて、気持ちの整理が付かない。
笑わなければいけないことはわかっているのに、表情は強張るばかりだ。
どうして深く相手のことなど尋ねてしまったのだろうか。聞かなければ、まだ自然に笑えたかもしれないのに。
笑え、と自分に言い聞かせても頬の筋肉が言うことを聞いてくれなくて、上手く笑えそうにない。
引き攣った表情を向けるよりはこのままこの場から去った方がいい。そう判断したアシュリーは、ヴィルヘルムから距離を取るように半歩後退した。
「すみません、仕事が立て込んでいて……案内はここまでで失礼致します。館長室は、この先にありますので。……恐らくノックしても返事はないと思いますが、そのまま入っていただいて大丈夫です」
この場から早く逃げ出したくて、アシュリーは理由を付け、この場から立ち去ろうとした。
ヴィルヘルムなら恐らくそのままアシュリーを見送ってくれるだろう。……そう思って、いたのだが。
「……っ?!」
伸びてきた手がアシュリーの腕を掴む。自然と足も止まってしまい、アシュリーは困惑げに振り返った。
この場にはアシュリーとヴィルヘルムしかいないので、アシュリーが腕を掴まれているなら掴んでいるのはヴィルヘルム以外に有り得ない。
恐る恐る、視線を上げる。
「行かないでくれ」
真っ直ぐに彼の深紫色の瞳に見つめられ、懇願するような言葉を告げられて、アシュリーの心臓がどくんと大きく跳ねた。
向けられた瞳に、この場から逃げ出そうとしたアシュリーの心を見抜かれてしまったような心地がする。
ヴィルヘルムの言葉を誤魔化すための理由を口にしようにも、喉が震えて声が出ない。声を出した方がボロを出してしまうと思ったアシュリーは口を閉ざし、くちびるをぎゅっと噛み締めた。
彼の視線から逃れるように、アシュリーの目線は下に落ちる。
「すまない、俺はあなたに嘘を言った。先ほど話した相談事は、俺自身の話だ」
静かに、ヴィルヘルムの声が降ってくる。
あくまでも憶測だったことが、彼の言葉で確信に変わり、刃となって心に刺さっていった。
じわりじわりと目尻が熱くなっていく。ぎゅうと瞳を閉じて、溢れそうになる涙を堪える。
これ以上この場にいたら醜態を晒してしまうだろう。
ぎこちなくても笑みを作って、彼を応援する言葉を伝えて……頭の中ではわかっているけれど、体は思ったように動いてはくれない。
この場から、ヴィルヘルムの前から消えてしまいたい。そう思うアシュリーとは反対にヴィルヘルムは腕をしっかりと掴んで、まるで逃す気はないと言いたげだ。
「相談という体で話をすれば、あなたの気持ちを知ることができると思った。……結果は失敗して、逆に誤解させ、悲しませてしまった」
苦々しげな口調で、ヴィルヘルムはそう言った。
けれどその言葉には含みがありすぎて、アシュリーは意図を掴み損ねる。
彼の表情を見れば何かがわかったかもしれないが、今顔を上げたら泣き顔を晒してしまいそうで、無闇に顔を上げられなかった。
「だからこれ以上すれ違う前に、あなたの助言通り、きちんと話をしようと思う」
そう言ってヴィルヘルムは僅かに腕を掴む力を強くする。そして、しっかりとした声で言葉を続けた。
「アシュリー嬢、あなたに話したいことがある。今日、仕事が終わったら時間をもらえないだろうか」
ヴィルヘルムの言葉を聞いた瞬間、アシュリーは反射的に顔を上げてしまった。見上げた先で、彼と目が合う。彼の瞳には偽りの色も冗談めいた光も、どこにもなかった。
先ほどとは違う感覚で、頭の中が、心の中が、ぐるぐると掻き混ぜられる。
どのように想いを伝えられるのが嬉しいのかと相談されて、アシュリーは何も飾らないストレートな言葉で言われるのが嬉しいと答えた。
知り合いの話だと言うことだったけれど、実はそれはヴィルヘルム自身の話で……どうもその相手から最近避けられているように感じる、嫌われてしまったのだろうかと不安がる彼にきちんと話をした方がいいと助言して。
そして今、アシュリーはヴィルヘルムに、話したいことがあると告げられている。
驚きのあまり、堪えていた涙が瞳から溢れて、頬を伝った。




