7 図書室
「ミルロア様、お迎えにあがりました」
「ラニャ、お願いがあるのですが」
「……何か不足の品がありましたか?」
「いえ、図書室に行ってみたいです」
私は今日の授業に全くついていけなかった自分を恥じて侍女に思い切って言ってみたの。
「図書室、ですか?」
「はい。クラスメイトが『図書室は素晴らしい場所だよ』と言っていたんです」
一瞬、ラニャは不審そうに眉間に皺を寄せたが、私の言葉に納得したのか軽く頷いた。
本当は図書室が素晴らしい場所だなんてクラスメイトと話はしていない。私には知識が足りないと実感し、本を片っ端から読み漁ろうと考えたの。
「知識がないから本が読みたい」と言ったらラニャが心配して止めに入ると思ったからね。
「……畏まりました。では向かいましょう」
ラニャはそれ以上言葉にするこなく、私の鞄を持って図書室へと歩き始めた。
私も無言のまま彼女について行く。
図書室の前には衛兵が立っていた。
書籍はやはり貴重なもののようね。図書室に一歩入ると、そこには別世界が広がっていた。
学校の図書室とは思えない。本がたくさん置かれているのは間違いないが、その数に圧倒される。
天井にはステンドグラスが日の光で通路は彩られ、その光景は一枚の絵画のようだ。
「……素敵ですね」
「そうですね」
この素晴らしい空間に胸が詰まる。
もっとこの空間を感じたい。
私はふらふらと図書館内を歩き始めた。
この場所で本を読みたい。素直にそう思った。私は勉強しようと図書室に来たけれど、この空間に心躍り、身近にある本を手に取った。
綺麗な装丁。指でなぞり、ページをめくる。
これは恋愛の本かしら。
「お嬢様、本を読むならあちらが良いかと」
ラニャは小さな声で座席を指した。
「そうね」
私は席に着いて本を読み始める。
一つ一つ確認するように文字を指でなぞりながら読んでいく。恋愛に関する本だと思っていたけれど、これは冒険譚ね。
気づけばお昼を過ぎても読み耽ってしまっていた。
「お腹も空いたし、そろそろ帰らないといけないですね」
どうやらこの図書室の本は貸し出し禁止らしく、ここに来て読むしかないみたい。
家では何もすることがなかったし、ここは素敵だし、明日から授業が終わったら毎日ここへ来よう。
そう思い、後ろ髪惹かれながら読んでいた本を元の棚へと戻して帰宅する。
自室に戻ってから図書室の出来事を思い返してうっとりする。
そういえば勉強もしないといけないわ。
でも書いて覚えようにもラニャは心配してノートを取り上げそうなのよね。夜寝る前に少し復習するしかない。午後はゆったりと過ごし、寝る前にぽつりと呟いた。
「ラニャ、あの図書館、素敵でした」
「そうでしたね。今日はもう遅いです。では、お嬢様。お休みなさいませ」
ラニャはそう言って部屋を出て行った。
勉強しないと。私はそっとベッドから起き上がり、ストレッチや軽く身体を動かした後、教科書を鞄から取り出して本を読み始める。
考えてみれば明日何の授業があるのかも分からない。今までラニャが全て用意し、私は登校するだけだった。
絶対おかしいわ。
学校といえばテストがあるものだと思うし……。
貴族は義務教育だから受けているってだけなのかしら? でもクラスの雰囲気からしてそんな感じじゃない。
義務教育ならもっと学校へ来る人数も多いはず。えっと、なんだっけ? 平民が通う寺子屋的なものは別にあるのかしら。
疑問は尽きないけれど、今は知識を少しでも蓄える必要がある。
翌日も、そのまた翌日も、授業に追いつくため、教科書に穴が空くんじゃないかと思うほど集中して教科書を読んでいく。
そして図書館で様々な本を手あたり次第読み始めた。始めのうちは読む速度も遅かったけれど、だんだんと読むことに慣れ、帰宅するまでに一冊読み切れるようになった。
「ミルロア、貴女、最近、毎日図書室に通っていると聞いたわ」
それは朝食での出来事だった。いつも通り、私は静かに食事をしていると、母が心配そうに声を掛けてきた。
「はい」
「なぜ図書室に通おうと思ったの?」
「クラスメイトが以前図書室は素晴らしい場所だと仰っていて、行ってみようと思ったんです。初めて図書室に行ったら、とても素晴らしい場所で私もそこが気に入って本を読みたくなってしまったんです」
「確かにあそこは国内屈指の蔵書数だ。素晴らしい場所だからミルロアの気持ちもわかるな」
「……オルフ」
「でも、心配だわ。ミルロアがまた大怪我でもするかもしれないと思うと……」
「お母様、ラニャも傍にいますし、心配ありません」
「そう、ね。あまり無理はせず、すぐに家に帰ってきなさいね」
「わかりました」
「ああ、そうそう。今日はポールク侯爵子息が午後から来るそうよ」
「わかりました。今日は図書室に寄らずに家に戻ってきます」
そうか、今日はペリト様とお茶をする日だったのね。
私は朝食を終え、ラニャと共に学校へと向かった。
「お嬢様、ペリト様に何かお願いしてみるのはどうですか?」
馬車内で珍しくラニャが話しかけてきた。
「そうですね……」
何かお願い、か。
何か欲しいものっていってもあんまり欲しいものってないのよね。
きっと装飾品をねだれってことなのだと思うけれど、あんまり装飾品に興味がないんだよね。でも、また舞踏会に参加することになるんだったら必要なのかもしれない。
でも、考えてみれば学校と家しかしらないし、せっかくだから街にも出てみたい。買い物をしてみたいわ。
私は考える素振りをすると、ラニャは満足そうににこりと笑い、小さく頷いた。




