6 国の成り立ち
教科書はしっかり読んでおいた方がよさそうよね。
私は全く授業について行けないので、最初から教科書をじっくりと読み始めた。
この国の成り立ちが書かれている。この国はアスベカという人によって造られた国のようだ。
なんだか成り立ちが神話みたいね。
アスベカが国を興し、妻のシルフェリアールは他国の攻撃を守るため、自らの命を神に差し出した。女神は願いを叶え、彼女の好きだったクレマチスが国を囲い、他国からの攻撃を防いだってなっている。
だからこの国の紋章は薔薇とクレマチスなのね。
そこからアスベガは幼い娘を妻に迎え、子孫が繁栄して今の国になったのか。
相変わらず神話並みにむちゃくちゃな話よね。娘を妻に迎えるとか。倫理観崩壊しているわ。
でも笑ってはいられない。近親相姦の歴史は前世でもあった。
今の時代、さすがに親、兄弟と婚姻するのは禁忌となっているけれど、昔はそれが常識だったんだ。
背景には死亡率の高さなんかも関係しているのかしら。
私はそんなことを考えつつ教科書をじっくりと読み進めていった。
授業の終了の鐘が鳴り、私は一息吐く。今まで靄が掛かっていて一気に取り払われた気分よ。今までただ漠然とした焦りと、羞恥心と不安があったけれど、それが明確なものに変わり、気持ちの整理がまだ出来ていない。
休憩時間はチラチラと視線が飛んでくるけれど、誰も私に話し掛けてこようとはしないみたい。
「ミルロア様、お怪我が治り、登校していると聞いて来ました」
一人の令嬢がそう言ってクラスにやってた。
私を見つけると、必死の形相で私の元へと歩いてくる。私はその様子に恐怖を覚え、じっと身を固めた。
「ミルロア様! 申し訳ありませんでした」
「えっと、どちら様かお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はっ。そうです、ね。私、テア・エンストレームと言います」
ああ、確か。
その名前は両親から聞いた。
舞踏会の会場で伯爵令嬢を階段から突き落とした令嬢の名前よね。
謹慎処分だったっけ?
それにしてもとても美人だわ。透き通るような白い肌に明るい金髪、薄ピンクの目。どこぞの女神様かと思えるほどの美しさ。容姿も整い、爵位もある令嬢が何故そんなことをしたのか疑問だわ。
「テア様こそ大丈夫ですか?」
「うっ、ううっ。こんな私をミルロア様は心配して下さるのね」
私が声を掛けると、テア様は涙を流しはじめた。
えっと、事態が呑み込めないんですけど。
テア様は周囲からとても責められていたのかしら。
「私の怪我はこの通り、すっかり元通りになりました。私の心配はいりません。きっとテア様にもご事情がおありになったのでしょう」
「ミルロア様っ……」
嗚咽を上げて泣き始めたテア様に私はどうすればいいのか分からなくて焦る。だって胸のバッヂは三年生だったの。
彼女は公爵令嬢で、三年生で……。
私が慰めるのも変よね。周りのクラスメイトも私とテア様の様子をじっと見ているだけで中には入ってきそうにもない。どうしよう。そう思っていると、ペリト様が慌てた様子でクラスに入ってきた。
「テア嬢、やっぱりここに居たんですね。ミルロアが困っています。すぐにクラスへ戻って下さい」
「ですがっ、私はミルロア様にしっかりと謝罪せねば」
この場合どうしたらいいんだろう?
別に怒っているわけではないもの。確かに怪我を負わされたけれど、私の怪我は不慮の事故に近い。
怪我を負わなければ、この違和感に気づくこともなかったわけで。
「えっと……。私は大丈夫ですし、謝罪も受け入れます。ペリト様、きっとテア様にも深いご事情があったのです。あまり責めないで下さいね」
「っ!? ミルロア、君は、本当にそれでいいのかい?」
「? ええ、構いません」
「……そうか。テア嬢、ミルロアもそう言っているんだ。行くよ。ミルロア、ではまた今度」
「はい」
ペリト様は私に視線を合わせることなく、テア様の手を取り、歩き始めた。
クラスの外では従者たちが立っている。テア様の従者なのかもしれない。彼らはバタバタと騒がしくクラスを去っていく。入れ替わるようにして古代語の先生がクラスへと入ってきた。
「ミルロア君、久しぶりだな。また聞く気がないならいつでも帰っていいぞ。では授業を始める」
黒縁眼鏡の先生はどうやら私に厳しいらしい。
今なら理解できる。
私が悪いわ。
そこは素直に反省するところよね。
そして教科書を開いたけれど、やはり全く分からない。私が一年生でよかった。これが三年生なら取り返しがつかなかったかもしれない。
私はまた先生の話をよそに教科書を一ページ目からじっくりと読み返していく。今は読めなくても、毎日続けていればそのうち古代語も読めるようになると信じて。
次の授業はダンスの授業らしい。
私たちはダンスホールに集合し、先生を待つ。移動する時も私は一人で移動する。学生ってもっとキャッキャと楽しいものを想像するんだけど、クラスメイトも静かで私に気を使っているような感じにも見受けられる。
私が唯一まともに参加できる授業はダンスくらいじゃないかな。久々の運動で不安だったけれど、問題なく動くことはできた。
でも体力がないのはやっぱりキツイ。ずっと寝ていたし、これからは毎日寝る前に少し体を動かすことを心に誓った。
学校は三時間で終わりなの。「ミルロア様、ごきげんよう」と挨拶をして去っていくクラスメイト達。
私はラニャが来るまで鞄を持って入り口に立っていた。




