5 登校
そうしてほんの少しの違和感を抱えたまま、更に月日は過ぎていく。ようやく手の包帯も取れ、医者からも「もう大丈夫」とお墨付きをもらった。
それを聞いた母たちは喜んでいたし、私も自由に手が動かせるようになり、ほっとしたわ。
「ラニャ、もう怪我も治ったのですし、学校に行かねばなりませんね」
「!! お嬢様。このまま邸からでなくてもいいのではないですか? 私、心配でなりません」
「ずっとお休みしていて学校の方々にも心配をかけていますし、先生も問題ないといっていましたし……」
「分かりました。私の方から旦那様へ学校に再び通えるようにお話をしてきます」
「ありがとうございます」
これでようやく退屈な毎日から解放されるわ。
邸から学校までそう遠くないけれど、ペリト様が用意してくれた侯爵家の馬車で通学していたの。
貴族の令嬢は狙われやすいのかもしれない。歩いて登校するのは諦めるわ。
その後、ラニャは両親に学校に通いたいことを伝えてくれてようやく復学することができるようになった。
父も母も毎日「大丈夫か、辛いなら休みなさい。無理しなくていい」とずっと言っていたわ。
「お父様、お母様、では行ってまいります」
「ミルロア、気を付けて行くんだよ。何かあったらすぐに帰ってきなさい」
「はい」
私は馬車に乗り込んだ。
ラニャも後から教科書の入った鞄を持ち、乗り込んでいる。
「……」
「……」
車内で話をすることもなく、軽快な車輪の音を聞きながら通学する。久々に見る街の様子に嬉しくなった。様々な人々が通りを行き来している。
前世の感覚が呼び起されたせいか街は色鮮やかに見え、私には世界が一変したように眩しく感じる。
「お嬢様、嬉しそうですね」
ラニャは私の様子に気づいたようで声を掛けてきた。
「久々に外へ出ましたから」
「そうですか? 今まであまり気にしていないように思っていましたよ」
「そうですね」
「……」
それ以上会話は続くことなく、馬車は学校へ到着した。馬車から降りてゆっくりと校舎へと向かう。
私はシルフェリアール学校の一年生でSクラスにいたはず。考えてみればSクラスはほとんど上位貴族がいるクラスで男爵の私がいるのは変じゃないかしら。
そこにも違和感を覚える。
うーん、前世の感覚と今世の感覚はやっぱり違うのよね。
今まで平然と過ごしていた私はなんて愚かだったのだろう。
学校の制服はローブと学年を示すバッヂを着用しなければいけない。このローブも人によって色が違う。
私は紫のローブを羽織っていてペリト様は深紅のローブなの。Sクラスの人たちもほとんどが深紅か藍のローブを羽織っているわ。でも廊下をすれ違う人たちのほとんどが茶色なのよね。
この違いが何なのかもよくわからない。
好きな色を身に着けているのかしら……?
なんにせよ知識が乏しくてそれしか思いつかばない。もっと勉強しないとけないわよね。
今まで私はなんで勉強してこなかったんだろう。
後悔しかない。
「ミルロア様、おはようございます。もう怪我の具合はよろしいのですか?」
私はクラスへ入ると、私に気づいたクラスメイトは声をかけてきた。
ラニャはクラスには入らず、他の人たち同様に従者用の待機室に向かったわ。
クラスは前に黒板があり、向かい合うように木の長机と椅子が設置されてある。
「おはようございます。ご心配していただき、ありがとうございます。ようやく怪我も治り、登校することが叶いました」
「ミルロア様が怪我をされたと聞いて驚きましたわ。まさか、あの場に……」
「本当にそうですわ。私も驚きました」
どうやらクラスメイトの方々も舞踏会に出席していたらしく、私が怪我をするところを目撃した人もいたみたい。
目撃をした人のトラウマになっていないといいわね。
「みなさん、おはようございます。ミルロアさん、もう怪我の具合はよろしいのですか?」
「フィミール先生、おはようございます。心配をおかけして申し訳ありませんでした。もう大丈夫です」
「……そう。なら、授業をはじめますよ。みなさん、席に着いて」
歴史教育のフィミール先生がそう言うと、クラスメイトは席に着き始めた。たしか、私はいつも一番後ろにいたわ。
席順はないので各々好きな場所に座っているけれど、私の場所は変わっていないみたい。
私は鞄から教科書を取り出し、講義を受けようとする。
……待って。おかしいわ。
全然授業の中身が入ってこない。全く分からない。
えっと、今まで静かに私は授業を受けてきていたはずよね……?
先生の授業をそっちのけで教科書の冒頭部分からページをめくり確認していく。
家ではラニャも家族も勉強しなくていいと言われていたけれど、実は勉強を止められていたのかって思うくらいに。
私はなぜそれを気にしていなかったのだろう。
勉強ができないのにSクラス?
なぜ?
なんで今まで違和感を抱いていなかったのかしら。
いや、学院は私の存在をアピールする場だから勉強しなくてもいいと言われていた記憶もある。
他の人たちも同じようなものなの?
私はばれないように周りの人たちの様子をじっと見つめる。先生の言葉に合わせて羽根ペンが動いている様子が見えた。
そうよね。みんな必死に勉強しているのが当り前よね。
私の方がおかしいわ。
持っていたノートも真っ白で何も書いていない。
私は今、自分の置かれている現状を急速に理解し始めて焦っている。
でも、どうして? と同時に疑問も浮かび上がった。
人形のような私が「ちょっと教えてほしい」だなんて突然しゃべり始めたらみんな驚くわよね。
今まで通りにして様子を見ていくしかないわ。




