4優しい婚約者
翌朝、いつものように母自ら食事を持ってきて、私に食べさせてくれている。
私が自分でやると言っても無駄だよね。私も黙ってそれを受け入れた。
母の話では私に怪我を負わせた令嬢から「謝罪したい」という手紙が届いていたようだ。
あの時、公爵令嬢は伯爵令嬢と口論の末、彼女を階段から突き落としたらしい。
公爵令嬢のテア様は一体どういう気持ちでシンディ様を階段から突き落としたのだろうか。
確かこういう令嬢を「悪役令嬢」っていうんじゃなかったっけ。
「ミルロア様、ペリト様がお見えになっております」
「えっ、こんな姿を、見られるのは恥ずかしいです」
私がラニャにそう言いながらあたふたしていると、優しい声が聞こえてきた。
「ミルロア、問題ないよ。どんな姿であっても君の可愛さは変わらない」
彼はノックをせずに部屋へと入ってきた。
私の婚約者であるペリト・ポールク侯爵子息は細身で薄い金髪、に薄い茶色の目をしていて王子様のような素敵な容姿なの。
きっと令嬢たちの憧れの存在よね。
「ペリト様……」
「ミルロア、怪我の具合はどう?」
「ペリト様。残念ながらまだ痛くて起き上がるのがやっとです」
「そっか。当分は安静だね」
「ペリト様、心配をかけてしまい、すみません」
「ミルロア、心配なんてしなくてもいいよ。君は誰よりも大切にされるべき存在なんだ。今はゆっくりと休んで」
「……ありがとうございます」
ペリト様は優しく微笑み、私のおでこにキスを一つ落とした。彼のその仕草に照れてしまう。
「ミルロアの姿も見れたことだし、私はもう行くよ」
「……もう、侯爵家に戻るのですか?」
「ああ。残念ながら、やることが沢山あるからね。ミルロア、次に会う時までいい子にしているんだよ」
「はい」
彼は立ち上がり、部屋を後にした。
「ペリト様……」
私は彼を見送った後、ラニャに隠すように息を吐いた。
恋心、という名のふわふわな柔らかい心が忙しなく動き回る。
もっと会いたい。
もっと話をしていたい。
傍にいたい。
寂しい。
きっとこれは目覚める前からのペリト様に対する私の思い。
彼のことを思い出してみるけれど、いつも彼は私に笑顔を向け、優しく接してくれている。
それはまるで割れ物を扱うかのように大切に。
私は彼が出て行った扉を眺めていると、ラニャが珍しく声を掛けてきた。
「お嬢様、怪我が治ったらペリト様とお出かけしてはどうですか? きっとお嬢様の我儘ならペリト様も喜んで聞いてくれると思いますよ。装飾品をねだってもよろしいかと」
「そう、ですね。早く怪我を治さないといけないですね」
私はまたペリト様に会えるように早く怪我を治そうと思ったの。
残念ながらペリト様は忙しい人で私と会う時間はあまりない。月に一度、ほんの一時間もあるかどうか。
でも、とても優しくしてくれる。
ペリト様は私の三つ上の今年十九歳。私の学校卒業を待って結婚することになっているわ。格好良くて、優しくて、知的で非の打ち所がない完璧な人なの。
その人がこんな私を選んでくれるなんて思ってもみなかった。
周囲からの反対はなかったのか。それすらも分からない。人形のような静かな私を好きになることってある?
彼はとても格好いいけれど、正直、私はそこまで美人でも可愛くもない。不思議よね。私の何が良かったのかしら。
そう思いながらも私はベッドで何をすることもなく、ただ時間だけが過ぎていった。
暇つぶしに本を読みたいけれど、ラニャや母は手伝ってくれそうにない。手も痛いしね……。
黙って天井を見つめてレースの模様の数を数えたり、食事のパンを噛む回数を数えたり、とにかく暇つぶしに必死だったの。
本当、今までの自分が恐ろしい。
半月ほどしてようやく私は立ち歩くことが許されたの。ずっと寝ていたせいで足も弱ってしまったわ。
お医者さんも私が「今、歩けなくても徐々に歩けるようになれば問題ないでしょう」と言っていたわ。
お医者さんからの指示もあってこの日から少しずつ部屋の中や中庭へ出てもいいと許可が下りた。
手の方もぐるぐると包帯が巻かれてはいるけれど、動かしさえしなければ痛みはなくなってきたかな。
「ミルロアお嬢様、今日もお庭ですか」
「ええ。天気もいいですから」
「今までずっと部屋で静かに過ごしていらっしゃったのに。どうしたのですか?」
「……」
「だって暇なんだもの」って言いたくなったけれど、ぐっと言葉を呑み込んだ。
心地よい風が髪をくすぐる。この世界に四季というものはないようだ。
春と秋のような温暖な気候が一年中続いているらしい。
温暖な気候で過ごしていたから私はもちろん、他の人もぼーっと人形のように過ごしているのかとも考えたけれど、そうではない。
ラニャはてきぱき動いていて隙が全く無いようにも見える。父も母も優しいけれど、のんびりではないもの。
……不思議よね。
私は医者の許可が出て以降、実はこっそり部屋中を歩いていたりする。ただでさえ体力がないのにずっと寝たきりでは本当に動けなくなると思ったからね。
ずっと寝ていたせいで最初は立っているのもやっとだった。部屋を歩くだけで息が上がるって体力なさすぎでしょう。
自分でも絶望したわ。
これじゃいけないと意を決して毎日身体を動かし、体力を少しずつつけ始めたの。ラニャに言ってもいいんだけど、なんだかみんなが優し過ぎて手伝ってもらうには気が引けるのよね。
先日、中庭まで歩いていたら母に呼び止められたの。無理はしないでって。休んでもいいのよって。やっぱり過保護すぎるわよね。
休んでもいいよって言われると、ついつい流されてしまいそうになる。
そこまで過保護にされると、逆に両親やラニャの言葉に違和感を覚えてしまうの。
母たちが心配する気持ちは理解するわ。
でも、ずっとベッドに寝ていても暇だし、本を読もうにも手は使えないから結局歩いて時間を潰すしかない。
不思議よね?
ここまで私が過保護にされる理由って何なのかしら。




