27 戴冠式
―そしてついに…この日がやってきた。
「ミルロアお嬢様、王宮の馬車がお待ちです」
ラニャに呼ばれ、私は震える手をそっと胸元に当てて浅い息をする。
……逃げたい。
今すぐにでも。
ラニャはようやくこの日が来たとばかりに満面の笑みを浮かべている。ラニャに連れられ、私はゆっくりと歩き出す。
大丈夫、何度も何度もシミュレーションを重ねてきた。
「聖女ケラディナス様、おはようございます」
玄関ホールにいた正装した王宮騎士は、私の姿を見つけ、礼を取った。
「「ミルロア!」」
家族や男爵家に仕えている使用人たち全ての人が玄関ホールで私のことを今か、今かと待ちわびていたようだ。
「お、お待たせしてしまい、すみません」
私がそう謝罪すると、父は今までと違い、腕を組んで不満な態度を取っている。
「ミルロア、遅かったじゃないか。相変わらずお前は人形だな」
「ミルロア、良く似合っているわ。私たちの所に生まれてきてくれて本当に良かったわ。おかげで私たちも豊かな暮らしが約束されたもの」
やはり両親は私がケラディナスだったから過保護にしてきたに過ぎないのだと実感している。アシェリーはただ静かに見ているだけ、アヴィルはやはり私を憎んだままでいるようだ。
「ようやくか。これでやっと俺たち家族は真面になるんだ。お前が出て行ってせいせいする!」
「ケラディナス様への言葉を慎しめ」
騎士がアヴィルに注意をすると、彼はプイッと顔を背けた。両親は特に叱る様子もない。
これが本来の家族の姿なのね……。
「お父様、お母様、今までありがとうございました」
「ああ、ミルロア。これから国のために役立ってこい」
「お嬢様、今までありがとうございました」
「ラニャ、今まで私に仕えてくれてありがとうございました」
私は喜びに溢れる彼らに軽く挨拶をし、騎士達とともにシルフェリアールの聖女が乗る特別な白い馬車へと乗り込んだ。
「出立!」
御者の声が聞こえ、馬車は軽快な音を立てて進み始めた。
車内は私一人。
ドキドキと煩いくらいに鼓動が私を責め立てる。
……あと少し。
大丈夫、私はやれる。
失敗するわけにはいかない。
窓の外は人で溢れかえっている。
私が死ぬことは国を挙げて喜ばれること。
名誉なこと。
でも、私は死にたくなんてない。
死ぬために生まれてきたんじゃない。
シルフェリアール様は私を逃がすためにチャンスを与えてくれた。そう思いたい。
大丈夫。
私は大丈夫。
何度もそう自分に言い聞かせて胸元をぎゅっと掴む。
このまま国外に馬車が向かうことはないのかしら。私の願いは叶わず、王宮へと入り、人々の歓声とともに馬車は停まった。
「シルフェリアールの聖女様、お手をどうぞ」
私をエスコートで出迎えた一人の正装した騎士……。
「ペリト様……」
笑顔を私に向けているペリト様に泣きたくなった。
彼からしてみれば聖女を守る役割の一つでしかなかったのだろう。
彼にとってはあくまでこれは仕事。
でも、それでも……私は悲しかった。
優しいペリト様、偽りの婚約者。
それでも私はペリト様のことが大好きだったの。
人形のように感情の起伏が見えない私。
それでも私の中でペリト様の存在は大きかった。
私は静かに差し出された手に手を乗せて馬車を降り、彼のエスコートで王宮内へと入っていく。
「……緊張しているのかな」
「……」
どう返事をしていいのか分からない。
苦しい。
死にたくないよ。
今、ここで、私を連れ去ってくれないかって思ってしまうもの。
でも、彼には本当の婚約者がいる。
彼は彼女を愛しているもの。
「シルフェリアールの聖女、ミルロアが会場入りしました」
遠くから聞こえてくるその声で会場にいた人々は大きな歓声に包まれていた。
誰もが私が死ぬことが幸せに繋がっていると信じて疑わない。
きっとシルフェリアールはそんなことを望んでもいない。
「嘘つき」
「……ミルロア、何か言ったかい?」
「……」
ぽつりと呟いた言葉をペリト様は不思議そうに聞き返そうとしていたけれど、会場に入ると、口を閉じてしまった。
赤絨毯の先にいるのはこの国の王様。横にいるのは宰相ね。
私は陛下の前に立ち、前日、ラニャから教えられた通りに口上を述べた。
「ミディリオール国の太陽、オルドワール国王陛下にお会いすることができ、嬉しく思います。私、ミルロア・モルターユはこの国を守るシルフェリアールより力をいただきました。本日、ケラディナスとしてこの国を守るためにこの場へ参上しました」
すると、国王は頷き、口を開いた。
「クレマチスの紋を持つミルロア・モルターユよ、よく来た。ケラディナスとして認めよう。ではケラディナスの証となる王冠を授ける」
そう言って、宰相が用意した薔薇の蔓で編まれた冠を国王が受け取り、私の頭に乗せる。
「シルフェリアールの聖女! バンザーイ!」
「これで国も安泰だ」
などと会場から歓声が沸き起こっている。
……最悪な茶番劇。
唾を吐き捨てたくなるほどの嫌悪感を覚えるわ。
薔薇の蔦って。
本当に馬鹿にしているの?
それともシルフェリアールに逃げられないぞという暗に呪いのようなものを指しているのかしら。
今ではシルフェリアールは国を守るためにって美談になっているけれど、こうして棘の付いた蔦を聖女に被せているところからして真実は無理やりって感じなのかもしれないわね。
私は憤慨したくなる気持ちを抑える。棘が額に刺さらないように内側はさすがに棘が取られているみたい。
棘が刺さり、血まみれで歩けば周囲は異常なことだと気づくかもしれないのに。残念だわ。
先ほどまでは死への悲しみや不安で心がいっぱいだったけれど、今は嫌悪感と怒りでいっぱいだ。




