28 運命の時
シルフェリアールの祝福に頼らないと滅亡する国なんてさっさと亡べばいいんだわ。
そう内心でぼやきながら私は再びペリト様のエスコートで馬車に乗り込んだ。
「ミルロア、緊張しているのかな?」
「いえ……」
「ミルロア、緊張しなくてもいいんだ。儀式はすぐに終わるから。これが終わり、もう少しすれば私たちの結婚式だ。楽しみだね」
「……」
彼は一生懸命私の緊張をほぐそうとしているのかもしれないが、今はその言葉にも苛立ちを覚える。
彼からの言葉は素直に嬉しい。
結婚という言葉に幸せを感じる。
……なんてこれっぽっちも思わないわ。
無知だったあの頃の私は一体どこへ行ってしまったのかと思うほどに。
「ミルロア、到着したようだ。手をどうぞ」
「……はい」
私は絶対負けない。
生き延びて見せる。
ここまではクロード様の手紙の通りに進んでいる。
問題が起きなければこのまま私は死を迎えることになるのよね。
私は大きく息を一つ吐いてペリト様の手を取り、馬車から降りて坂道を歩き始めた。
毎日息が切れるまで身体を動かしていたけれど、まだまだ体力は足りないのを痛感するわ。
そうして王都から少し離れた小高い崖に到着した。
……ここがカッカランの崖ね。
眼下には湖が広がっている。不思議なことにこの湖の色は澄んだ薄紫色をしていた。この湖に何人の聖女が身を投げたのかしら。
崖の縁に祭壇が準備されているわ。
神父様のような服装をしている人たちがたくさんいて、私を笑顔で待っていた。
ここカッカランの崖は聖域となっているのか、教会の関係者や王宮の関係者以外の人はいないみたい。
国王陛下も後から付いてきていたようだ。
「ミルロア、私はここまでだ。ケラディナスに幸があらんことを」
ペリト様はそう言って私の手の甲にキスを落として下がった。
ここではじめて神父様のような格好をした人が口を開いた。
「これより儀式を行う」
風が吹いて私の髪がふわりと広がる。
陛下は祭壇の前に立ち、私は崖に背を預けるかたちで向かい合っている。
速くなる鼓動。
「シルフェリアールの聖女ミルロア。これより天に還る儀式を行う。準備はよいか」
私は周りをチラリと見渡した。
国王陛下からアスベガの小刀を受け取り、自分の胸に刺せってことよね。
嫌がった場合は周りにいる神父たちに取り押さえられ、私はこの人たちに殺されて崖から湖に放り込まれる。
……やるしかない。
私は頷き、国王陛下からナイフを受け取った。
準備はできている。
あとは私の運次第。
やって見せるわ。
震える手を抑え、お腹に力を込める。
「あーはっはっはっ。馬鹿みたい」
私は今までにないほどの大声を上げて笑って見せた。
その声は震えていたと思う。
でも、私はやると決めたの。
「ミルロア!!」
ペリト様の声が聞こえてきたが、私は無視を決め込んだ。
死への恐怖に狂った聖女だと思われたのかもしれない。
後ろにいた神父や騎士達が動揺し、動こうとしていたが、陛下がそれを止め、彼らはみな私の顔をじっと見つめている。
アスベガの小刀を渡した陛下は小娘のよわいごとだろうと笑みを浮かべている。
「シルフェリアールの聖女よ。儀式を行うのだ」
「ふふふっ。まあ、いいわ。さようなら皆様」
私はそう言ってアスベガの小刀を勢いよく胸に突き刺した。
小さくパキリと砕ける音がし、ジワリとゆっくり赤黒い血が胸元から広がっていく。
「……この国の全てが憎い。お前たちなんか呪われてしまえばいいわ」
私はそう言って崖から飛び降りた。
大丈夫。
いける。
私は湖面への衝撃を最小限に抑えるように飛び込んだ。
―パシャン。
着水と同時に胸元に広がっていた血が水に触れ、クレマチスが一気に湖面を広がっていく。
それに反応したかのように薄紫に澄んでいた湖は赤黒く濁り、私の身体を包んでいく。
死体が浮かび上がるようにそっと湖面から顔を出したのだが、爆発的にクレマチス増えたことと、赤黒く変化した湖のおかげで私の姿は彼らには見えないようだ。
崖の上から歓声が上がっているのが私の耳にも届いてきた。
このままでは血が足りないかもしれない。
念のため、私はぐっと噛みしめ、持っていた小刀で左の腕を切り、血を足していく。
……痛い。
赤黒い水の中で血はどんどんと流れていき、やがて湖面全体にクレマチスが浮かび、覆いつくしたようだ。
しばらくクレマチスにしがみつくようにじっとしていると、私の死亡が確認されたかのようにいくつかの花束が投げられ、崖の上は静かになった。
もう、大丈夫かな。
……早く止血しないと。
私は静かに、痛みに耐え、クレマチスを伝いながら湖を出て森の中へと身を隠した。
ここまでくればもう大丈夫よ、ね。
私は茂みに倒れ込むように座り、息を吐く。
ドキドキと高鳴る鼓動は収まってくれそうにない。
何度も自分に言い聞かせるように大きく、ゆっくりと息を吐いた。
しばらくしてからようやくローブの端を小刀で切り、ぎゅっと腕を抑えるように布を巻いていく。
流れ出た血が多かったのか、ふらふらになりながらもなんとか血を止めることは出来た。
……よかった。
崖の上から騒ぐような声は聞こえてこない。
私はあの儀式から生還できた。その安堵からか、いつの間にか私は気絶してしまったようで、気づけば太陽は真上に見えた。
あれ?
気を失ったように思えたけれど、そんなに経っていなかった?
なんて思ってはみたけれど、多分それは間違いだった。
不思議ね。濡れていたにも拘らず、腕からクレマチスは伸びていない。
腕に巻き付けた布は血が滲んで赤くなっていたが、乾いている。
布の乾きからして丸一日経ったという感じよね。
ローブも裾の方は湿ってはいるけれど、身体の方は乾いて泥と血の色でローブは汚れていた。
匂いも凄いわ。早くなんとかしないとね。
私は立ちあがり、王都の方を目指して歩き始めた。
このままだともちろん王都に入れないし、戻る気持ちはこれっぽっちもない。
王都の近くにはいくつかの村が点在している。
そこでどうにか服を調達しようと思っているの。
さすがに儀式用のローブのままだと拙いので、私はすぐにローブを脱ぎ捨てた。
ローブの下にはシャツとキュロットのようなズボンを穿いているのでまだ何とかなる。
なんなら下着になって暴漢に襲われそうになったと駆け込もうとさえ思っている。
一度は死んだ身だもの。
大丈夫、私はなんだってやれるわ。
生き残るためになんだってやってみせる。
私はその思いで歩き出した。
【逃亡編完】
ここまでちょっと長い短編(中編ともいう)をお読みいただきありがとうございました!
後半から最後…ちょっと急いでましたね。
書いている時は全く気づかず、少し時間を置いてみると…気づくという。
ここから脱出編を書きたいなーとは思ってはいますが、先は未定です。
あと…今年は12月からのカクヨムコンプロ部門という名の蠱毒部門に参加検討中です。
新作も執筆中で久々に異世界恋愛を予定しております。
これからも頑張っていきますので応援よろしくお願いします(*´∀`*)
あっ、最後に…↓評価をいただけると作者は狂気乱舞します。よろしくお願いします(*´∀`*)




