22 街へ
「……えっ」
まさか、そんなことってあるの!?
私は思わず口に出してしまった。
いけない……静かにしないと。
恐る恐る植物に変化したものを手に取ってみる。この手触り、葉や蔦の感じ、本物だ。花も咲き始めた。一滴でどれほど育つの?
しばらく眺めていると、その植物は二メートルほど成長した後、動きを止めた。
さっき切り取られたのではないかと思うほど瑞々しい。
魔法なのかしら。それとも奇跡と呼ぶものなのかしら。でも、この花はやはりクレマチス。
クレマチスが湖一面に咲いたからと言って国を守るなんてできるの?
あれはただの神話だと思っていたのに。もしかして国の成り立ちも強ち嘘ではないということ……?
得た情報が多すぎて考えが纏まらない。
どうしよう。
自分は本当にケラディナスと言われる存在だった。
……落ち着かないと。
非現実的なことが目の前で起こり、先ほどまでの不安と衝撃で思考が停止してしまいそう。
えっと、国の成り立ちはシルフェリアールが神に願って、命を差し出してクレマチスが国を覆い、他国からの攻撃を防いだってことだったよね。
一滴の血液でこれだけのクレマチスが現れた。
体内の血液を全て水に溶かしたらどれほどのクレマチスが育つのだろう。
ケラディナスと呼ばれる人たちはどんな想いで死んでいったのか。
私は死にたくない。
死ぬのは怖い。
でも、逃げることができない。
なら、どうにかして死を偽装できないだろうか。
そのためには何が必要なの……?
あと半年。
私はまたノートを切り、手紙を書いた。
きっとこの手紙の主は私を心配しているのではない。陥れようとしているのかもしれない。
私を心配するふりをして死ぬことを待っているのかもしれない。だが、それでも情報を得なければ。
「……それにしても、このクレマチス。どうしようかしら」
私は手紙を書き終え、ノートに挟んだ。
クレマチスは……仕方がない。
ベッドの下に隠しておくことにした。枯れるまで置いてこっそり夜中に千切って風の強い日に窓から捨てれば問題ないだろう。
「ミルロアお嬢様、おはようございます」
「ラニャ、おはようございます」
「今日はマダムのお店に行く日ですよ」
「はい」
私はラニャの指示に従うように服を着替え、朝食後に馬車に乗った。
「ラニャ、マダムのお店の後、時間があれば商会へ寄って欲しいです」
「何か買う物でもあるのですか?」
「いえ、物珍しい品が揃っているとクラスの方々が話をしていたのでどんな物があるのか見て見たくて」
ラニャは少し考えた後、頷いた。
「わかりました。時間があればお寄りします」
「ありがとうございます」
私はお礼を言ってマダムの店に付いた。
「お久しぶりですミラージュ様」
「マダム、お久しぶりです」
「早速ですが、仮縫いが出来ましたので合わせてもらってもよろしいですか?」
「はい」
「では、こちらへどうぞ」
私は針子さんと共に別室へと向かう。ラニャもしっかりと付いてきている。
案内された部屋には仮縫いのドレスが何着かトルソーに掛けられていた。
「……素敵なドレスですね」
「お褒めいただきありがとうございます」
私は下着になり、トルソーに掛けられたドレスを着て微調整をしていく。
これを着る機会があるとは思えない。
きっと妹のアシェリーが私の代わりに着ることになるのだろう。
そして最後の最後に、小説に登場するような白地に金の刺繍が施されているローブを着せられた。
……これは、もしかして戴冠式の。一瞬、身体が固まってしまった。
だめ、気にした素振りを見せてはいけない。
遠くの一点を見つめボーっとするように努める。それとなく鏡に映った私の姿を見た。
ああ、やっぱり司祭が着るようなローブにとても似ている。心のどこかではまだ信じたくはなかったけれど、やはり本当なのだと、現実が迫ってきているのだと確信する。
黙々とサイズを合わせていく針子さんたち。部屋は沢山の人がいるはずなのに衣が擦れるおとだけが響いている。
そうして一時間くらい経った頃、ようやく全ての衣装のサイズ合わせが終わった。
「ミラージュお嬢様、お疲れ様でした」
「……」
マダムは機嫌良さげに衣装合わせを見ていた。
「衣装が出来上がるのを楽しみにしています」
「はい。私どももミラージュ様の衣装を担当させていただけることを光栄に存じます」
私の衣装、というよりケラディナスの衣装よね。
心の中で毒を吐いてみる。
そうしないと嫌味にとってしまい表情に出てしまいそうだもの。
「ありがとうございます」
私は笑顔を取り繕い、返事をする。
「ミラージュお嬢様、では参りましょうか」
「ええ、そうですね。では、マダム。ごきげんよう」
私はマダムに挨拶をして店を出て馬車に乗り込んだ。
「ラニャ、お店にはいけますか?」
「ええ、時間もありますし、今、向かっておりますよ」
「ありがとうございます」
安全面を考えてなのかペリト様の時とは違い、馬車で店の前まで行くようだ。
「お嬢様、どうぞお気を付けてお降りください」
御者はそういいながら私の手を取り、馬車から降ろしてくれる。
私が降り立ったのは王都でも有数の大きな商会らしい。ショーウィンドウに飾られた沢山の舶来品が先ほどまでの落ちた気分をぐっと上げてくれる。




