2 思い出すことは
「舞踏会の会場で階段の上から令嬢が足を踏み外し、転がり落ちてきたさきにミルロア様がいたそうです。令嬢はミルロア様とぶつかり、二人とも倒れたと聞いています。お嬢様はすぐに王宮で治療を受け、ペリト様に抱えられ、我が家に戻ってきたんです」
「……そうですか。ペリト様にお礼状を書かないといけないですね」
ここで初めて自分の姿を確認する。
手や頭は包帯がぐるぐると巻かれている状態のようだ。足にも巻かれているのだと思う。動かすと痛いけれど、足は動くようだ。
打撲でもしたのかな。
もしかしたら地面に強く打ち付けたのかも。
ここまで運んでくれたペリト様に御礼状を書こうにも手が包帯でぐるぐる巻きになっているし、とても痛くて動かせそうにない。
「ペリト様は理解しておられますし、無理はなさらなくてもよいのでは?」
「ラニャ、ありがとうございます」
ラニャの話では私は右側を下にして倒れ、右腕を骨折したみたい。
あと頭を強く打ったらしく、顔にも痣が少しできているらしい。「鏡をお持ちしますか?」と聞かれたけれど、腫れているという顔を今は怖くて見れないので、遠慮しておく。
しばらくすると、扉は勢いよく開かれ、両親がずかずかと部屋に入ってきた。
父の名前はオルフ・モルターユ。明るい茶髪に灰色の瞳をしていてとても恰幅がいい。見た目は成金のような姿をしているけれど、私にはとても甘い。母の名前はフリーダ・モルターユ。男爵夫人。焦げ茶色の長い髪を纏め、焦げ茶色の目をしている。母も父と同じようにふくよかな体型をしている。
私は両親とは違い、とても細い。紙切れのような細さよ? 確か、私には二つ下の妹と九歳くらい離れた弟がいたはずだ。
「ミルロア! 大丈夫か!? とっても心配したんだぞ」
「良かったわ。貴女が目覚めて」
「お父様、お母様。心配をおかけしました」
「心配したわよ。でも本当によかったわ」
両親はともに涙を浮かべ、私をそっと抱き寄せる。
「お、お父様。嫁入り前なのに傷物になってしまい、申し訳ありません」
「なに、問題ない。ポールク侯爵もペリト君もお前を守れなかったことを謝罪していたぞ」
「ご心配をおかけしました」
「今回のことで階段から落ちてきたシンディ・サルフェリア伯爵令嬢も、その場にいたテア・エンストレーム公爵令嬢も当分の間、自宅謹慎になった」
私は落ちてきた令嬢のことが気になり、両親に聞いてみた。
「シンディ様は階段から落ちてお怪我はなかったのですか?」
「……足と肩の骨を折る重傷だったと聞いている。打ち所が悪ければ最悪の場合死んでいたとも言っていたな。ミルロアが下にいたからクッションとなって死は避けられたらしいが。全く、忌々しい。我が家を巻き込みやがって」
「オルフ!」
「ああ、フリーダ。すまない。つい、カッとなってしまった」
母が珍しく父を諫めている。
「それにしてもミルロア、腕を骨折してしまうなんて。痛かったでしょう。治るまで母がミルロアのお世話をするから心配しなくていいのよ」
「は、い。お母様」
父と母は私の容態を何度も確認してから部屋を後にした。
私はホッと胸を撫でおろす。
だが、そのほっと息を吐いたのも、ほんのひと時だけだった。
そこから父と母は代わる代わる部屋へとやってきて私の世話をしようとする。しまいにはラニャも加わり、ゆっくりする間はなかった。
「ミルロアお嬢様、おやすみなさい」
「ラニャ、お休み」
一息つけたのは夜も更けた頃だった。さすがに侍女も休むため、部屋を出て行った。
ふうと息を吐き、瞼を閉じて今日の出来事を思い出してみる。
私は今まで何の疑問もなく、両親やラニャに世話を焼かれていた。
今日はペリト様と初めて王宮の舞踏会に行ったのよね。
夕方から深夜にかけて踊り、白み始めた頃に舞踏会が終了し、帰宅する。私たちは混むのを避けるため、少し早めに会場を出たんだっけ。
そこで事件が起きた。
ラニャや両親の話を合わせると、エンストレーム公爵令嬢が何かの理由で、サルフェリア伯爵令嬢を突き飛ばした。押されたサルフェリア伯爵令嬢は階段から転がり落ち、たまたま下にいた私に被害が及んだということみたい。
そこでふと思ったの。
これってエンストレーム公爵令嬢は悪役令嬢ってやつじゃないの? って。でも残念ながら私の記憶はここでも朧気なのよね。
自分が大学生だったこととか、浮かんできた情景は思いだすんだけど、どこに住んでいたのか、どのように過ごしていたのか、どんな勉強をしていたのかなんて詳しいことは思い出さなかった。
ただ感覚や考え方などは前世寄りの感覚になっているように思える。
そして異世界だったり、悪役令嬢だったり、単語はぽつりと頭に浮かび上がり、言葉として出てくる。
本をよく読んでいたのかもしれない。
でも意識をしていないと思い出さないみたい。思い出そうにも思い出す物自体も分からないから、殆どの事柄は思い出しようにもないんだけどね。
悪役令嬢が出ていた小説を考えてみるけれど、何一つ思い出せない。タイトルとか、どの本だったとか、思い出せば自分が悲劇のヒロインなのか、モブなのか、立ち位置がわかりそうなのに。
一人で考えているうちにふと、思った。
私って、男爵令嬢よね?
それなのに侯爵子息のペリト様と婚約をしている。
心のどこかで引っ掛かりを覚えるのはなぜかしら?




