1 目覚め
よろしくお願いします!
「キャーーーッ」
突然、絹を切り裂くような悲鳴が聞こえ、私は声のする方に振り向こうとした瞬間。
―ガツンッ。
何かが私にぶつかり、その衝撃で私の視界は一瞬にして暗くなった。
――それはぼんやりとだが、脳裏に浮かび上がってきた。
スマホを触りながら友人たちと会話をしている。
……えっと、どういうことかな。
膝丈の短いスカートを穿いている女の子は私?
その情景はぼんやりと浮かび上がってはくるが、それを邪魔するように誰かが私をゆさぶり、耳元で叫ぶ声が響いてくる。
「§ΘΣΠ! ΔΣΘΓ!」
「美緒ちゃん、美緒ちゃんってば――」
情景が脳内に駆け巡ろうとするけれど、激しい痛みと共に私を呼ぶ声がし、だんだんとそれは遠のいていく。
「……う、うぅっ……」
私は激痛に苛まれながら目を開けると、見目麗しい男性の顔が目の前にあった。
「……」
「ミルロア!!」
「誰か、誰かっ! 医者を! 女性が、ケラディナス様が――」
私の周りはとても騒がしく、怒号が飛び交っているが、痛みで何を言っているのか理解できない。
そうだ、私の名前はミルロア・モルターユ。目の前にいる男性は婚約者のペリト・ポールク様だ。
思い出しているうちに私は再び意識が暗転してしまった。
…… …… ……
…… ……
……
…
「痛っ」
身体の痛みで目を覚ますと、そこはいつもの私のベッド。
えっと、私は何をやっていたんだっけ。
ぼんやりと浮かび上がった意識のまま、身体を起こそうとして全身に激痛が走った。
私の声に気づいた侍女のラニャは心配そうにベッド脇まできて、私に声をかけてきた。
「ミルロアお嬢様、気が付かれましたか」
「……ラニャ? 私は……痛っ」
「ミルロアお嬢様、動いてはなりません。お嬢様は大怪我をなさっているんですよ」
「大怪我……? どういうことですか? えっと、私は舞踏会から帰宅しようとして、それで……」
私は記憶を手繰るように言葉に出してみる。
あの時、突然の衝撃に私は倒れ……ぼんやりとだが、情景が浮かんできた。
あれはきっと前世と呼ばれている自分の記憶だったんじゃないかしら。
もしかして、これって異世界転生!? って浮かれている場合じゃないのよね。
まず、今の自分のことをよく確認しておかないと。
私、ミルロア・モルターユは十六歳。
とても大人しくて普段からほとんど言葉を発さない。人形のような存在だ。我が家は男爵家で、両親はとても優しくて、私にとても甘い。婚約者のペリト様も私にとても優しくしてくれている。
侍女のラニャもこうして私をとても心配し、いつも私の傍にいてくれている。
何不自由ない生活。
脳裏に一瞬だけ浮かんできた情景は今の私の住んでいる世界と大きく違っていた。
私は今まで何の不満も持ってこなかったし、疑問もなく過ごしていた。
けれど、あの時、屈託のない笑顔でしゃべっていた女の子はやはり私だと思う。
ということはやっぱり前世ってことよね……。
いつもお友達と楽しくおしゃべりするのが大好きで、明るかった気がする。
今の私とは正反対ね。
今まで人形のように過ごしていた私が突然しゃべりだすと、みんな驚くよね。
たとえ、さきほどの脳裏に浮かんだ世界の話をしたとしても、不審に思われるだけだわ。
それに途中で揺さぶり起こされたせいか、ほんの一瞬で自分の名前と友達の名前くらいしかない。
それは思い出したといううちにも入っていないと思う。
「前世を思い出した」からといって新しいものを生み出せるのかと言われても、何もできない。
つまり、何の役にも立たない。
ただ、そんな前世で過ごしていたという感覚を思い出しただけ。
やはり、ここは黙っていることが一番いいと思えた。




