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私は逃げてみせます。国からも。儀式からも。  作者: まるねこ


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19 静寂の中の思い

「お嬢様、どうかなさいましたか?」


ラニャの声で我に返り、急いでページをめくった。


「いえ、なんでもありません。明日の授業の本を取り忘れたと思い出したのです」

「そうでしたか」


私はなんとかその場を取り繕うようにぱたりと本を閉じ、立ち上がった。


「本を探してきます」

「わかりました」


ラニャは付いてくることはないようだ。


私は持っていた本たちを抱えて元の本棚へと戻しながら明日の授業に必要な本を探し、また席についた。


――今、ラニャに悟られてはいけない。


とにかく、今は本に集中して動揺を悟られないようにしないと。


私は恐怖と不安で今にも悲鳴を上げそうになるのをこらえ、感情を抑え付けるように平静を装った。


「お嬢様、そろそろ時間です」

「わかりました」


ラニャの言葉に返事をし、本を元の棚へと戻しにいった。


ラニャは特に不審がることもなく、図書室を出て一緒に馬車へと乗り込んでいる。


よかった。

もしかしてラニャは文字が読めないのかしら。


でも最初の頃は本をジロジロと見ていたし、全く読めないということはなさそうだけど。


邸に戻ってからはまた暇な時間が過ぎていく。


この時間もなんとかしたいのにラニャはずっと私に張り付いていて何もできないのよね。


ただぼんやりと庭を眺めたり、空を眺めたりするしかない。


「お嬢様、では本日もおやすみなさいませ」

「ラニャ、おやすみ」


ようやく一人の時間ができ、大きく息を吐いた。

そして今日の出来事や本の内容を思い出す。


あの文が目に飛び込んできた時の衝撃は忘れない。



シルフェリアールの紋を持つ女性に『聖女ケラディナス』の戴冠が行われる。

聖女ケラディナスというのはきっと私のことよね。


シルフェリアールの紋ってこの国のはじまりで勉強したシルフェリアール様が愛したこの国の紋章にも描かれているクレマチス。


私のこの腕のぼんやりと浮かんでいる痣はきっとクレマチスなのね。


だから街へ出かける時も腕を出した方がいいと言われたんだ。


だからあの人は私の腕を見て「ケラディナス」と言ったんだ。


だからクラスメイトは爵位の低い私に気を使っていたんだ。


全ての違和感が私の中で腑に落ちていく。

そういうことだったんだ。


理解すると同時に苦しくなり、息が浅くなる。


―聖女ケラディナスは祭壇にて天に還り、国王はアスベガの子孫として祝福を見届ける


つまり私が死ぬと、何かしらの動きがあるかもしれないということよね。


私は死にたくなんてない。


嫌だ。

嫌だ。

嫌だ。


絶対に死にたくない。


だって、今まで私は何にもしてこなかった。


何も知らされずただ死を待つだけの存在だなんておかしい。


嫌よ。


私は死ぬために生まれてきたわけじゃないわ。


でも、どうしよう。


逃げる手段がない。


それに今、逃げたとしても国内の人が全て敵になるということ。全ての人が私を捕えようとする。そして捕まれば確実に儀式の日まで監禁される。


どうすればいいの?


そしてあの行事は二月のページに記載されていた。それまでは最低限、生かされるということよね。


十八年に一度ということは……。


私は今十六歳。

私が死ねば次の聖女が生まれるということよね? 


今は他の人のことはいいわ。とにかく今は自分のこれからのことを考えないと。


聖女ということはやはり宗教儀式よね。


なら教会が深く関わっているはず。


あーモヤモヤしちゃう。


青天の霹靂とはこのことよね。


駄目よ、焦っちゃだめ。考えが散漫になる。集中して考えないと。


私は気持ちを落ち着かせるために深呼吸し、テーブルの上に置かれている水を飲んだ。


まず、行事の名前は分かった。


そして来年か、再来年の二月に私が死ぬことも分かった。私が死ぬと何かが起こるのだろうということも分かった。


そもそも私に超常現象を起こす力なんてないんじゃないの?


今まで生きてきた中では魔力や、超能力のような物を使ったことはない。


死ぬような時に出せる力なの?


超常現象にみせた手品とかあるし。


そもそも聖女という名の人身御供なんておかしいわ。そんなことでしか国を守れないだなんて絶対変よ。


私に余計な知識を入れさせないのは何故なのだろう。


死ぬと分かって逃げ出さないため?


でも貴族令嬢なんて知識があっても一人で生活もできない。常に使用人たちが自分の身の回りの世話をしているんだもの。


私はたまたま前世の感覚を思い出せたからよかったのかもしれない。


ほとんど思い出さないけれど、自分が平民だったという感覚はあるし、記憶を無理やり辿ればアルバイトをしていた、という感覚も残っている。


つまり、私は労働に対し、拒否感はない。


この国から逃げ出したい。でもどうやって?


幸いなことに私の髪や目は平民に多くいる。


長い髪の毛を切れば平民の中に潜り込めるわね。


もし、逃げることが出来ればそれなりに生存できそうな気がする。あくまで予想だけど。


でも、実際のところパンがどれほどの値段で売られているのかも分からないし、労働に対する賃金はいくらになるのかもわからない。


住む場所、食べる物も考えると難しいのかもしれない。治安のことも考えると女の子が一人ふらふらと歩いていたら絶対困るよね。


いや、また考えが散乱してきた。


逃げた後の生活よりも今はどう逃げるのか、だ。


まず、シルフェリアールの聖女についてもっと詳しく調べなければならない。半年後には命を落としてもおかしくない。


どういう儀式が行われ、どうやって死ぬのか。


明日からは宗教に関連する書籍を漁っていこう。


同時に平民の暮らしを知る必要もある。


時間は有限。

無駄にはできない。


私は覚悟を決めて眠りについた。

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