17 安静に
「ミルロアさん。すぐに見ます」
「じゃ、俺はこれで」
「クロード様、連れてきていただいて、ありがとうございました」
「ああ、俺は構わない。ミルロア嬢、無理はしない方がいい」
クロード様はそう言って微笑んだ後、すぐに部屋を後にした。医務室の先生は彼が部屋を出たのを確認し、カーテンをして人の目に入らないようにしている。
「さて、ミルロアさん。顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「二日ほど休んでいましたが、病み上がりだったようですね」
私は先生にそれは違うと言いたかったけれど、言葉を呑み込んだ。
先生は熱や血圧、脈を測り始めた。
「血圧は少し下がっていますね。貧血気味かもしれませんね。熱はないし、疲れからか」
先生は独り言を呟きながら書類を書いている。
「ミルロア様! 大丈夫ですかっ」
珍しく慌てた様子でラニャが医務室へと入ってきた。
「ラニャ、私は大丈夫です」
「貴女は、ミルロアさんの侍女ですね」
「先生、お嬢様の体調は大丈夫でしょうか」
「ええ、貧血気味のようですね。あと血圧も少し低いですが、正常範囲内ではありますから、今日一日安静にしていれば明日からまた普段通りの生活で問題ありませんよ」
先生の言葉を聞いてラニャは安堵の笑みを浮かべている。
「そうでしたか。すぐに家に戻り、このことは旦那様にもお伝えしておきます。お嬢様、歩けますか?」
「歩けます。……先生、ご迷惑をおかけしました」
「お大事に」
私はラニャに付き添われながらゆっくりと医務室を出ていく。
「ラニャ、教室に教科書を置きっぱなしにしたので取ってきます」
「教科書なんてなくてもいいですから。行きますよ」
「はい」
私はラニャの言葉に逆らうことなく馬車に乗った。
確かに体力はかなり削られているし、馬車に到着するだけでも疲れがでている。
これはだめよね。
何かあっても走れないもの。
どうすればいいのか。
邸の中では情報は全く入ってこない。
何かがあっても逃げられるような体力は確保しておかないといけないと思う。
「お嬢様、貧血気味だと先生が仰っていました。これからしっかりと食事をしてもらわねばなりません」
「はい」
邸に戻って早々にラニャは料理長に頼んだのか一口サイズのパンにレバーペーストが塗られたものが出てきた。
でも、死を迎えるのに貧血気味を解消させる意味ってあるの……?
疑問は浮かぶが口にはしない。周りを見ても普段とは変わった様子は見受けられない。
レバーペーストって結構臭みがあって実はちょっと苦手かも。でも出された物はきちんと食べないとね。
「お嬢様、これから毎食時にレバーペーストを出しますのできっちりと食べてください」
「……わかりました」
気が重い。苦手なものを毎日食べなくてはならないと考えると気が滅入る。
私は時間をかけてパンを食べ終えた後、ベッドへ入る。今日は一日安静にしないといけないって言われたしね。
暇な時間をぼーっとしながら夜まで過ごすことにした。
布団の中ならラニャも見ていないし、他の人もいないから問題ない。考えたくはないけれど、やっぱり私は命を狙われているのかな。
誰か教えてくれる人はいない?
両親があんなにも過保護で本当の婚約者のいる侯爵子息のペリト様がわざわざ冴えない私の婚約者でいる理由。
貴族が動くってことは国と関係している?
それとも宗教とか……?
人身御供として?
その辺りを調べてみた方がいいのかな。
色々と考えているうちにふと、気づいた。
私は学院卒業と同時にペリト様と婚姻することになっていた。
……もしかして、私は学院を卒業するまで生きてはいないのかもしれ、ない?
悠長に構えている時間はないということ?
額に汗がにじむ。
私は長くても三年後には死を迎えるのかもしれない。
短ければもっと早いということよね。
私に残された時間は少ないのかもしれない。
急がないと。
焦りや不安が身体中に広がり、動けなくなる。
どうしよう、どうしよう。
でも邸では情報を得ることができない。
学校へ行こう。とにかくどんな小さな情報も漏らさないように調べていかないと。
私は死にたくない。
死ぬために生まれてきたんじゃない。
きっと、死から逃れるためにこうして前世の感覚が戻ったのだと思いたい。
今日はもう寝てしまおう。
こうしてぐたぐだしていてもここで新しい情報を得ることはないもの。明日からは本気を出さないと。
なりふり構っていられない。
こうして私はむりやり目を閉じた。
「お嬢様、おはようございます」
「ラニャ、おはよう」
「今日は登校なさいますか?」
「ええ、ちゃんと登校するわ」
「無理をなさらなくても……」
「クロード様にもお礼がしたいですし、学校は楽しいので」
「そうですか。分かりました」
ラニャはそれ以上止めることなく学校へ行く準備をしてくれている。
「お父様、お母様、では行ってまいります」
「ああ、無理をするんじゃないぞ?」
「ラニャ、しっかりとミルロアに付いてあげて」
「畏まりました」
私はいつものようにラニャと一緒に馬車へと乗り込んだ。
窓から見える景色。
今はまた色を失いかけている。
私は何のために生かされているの?
感傷に浸る間もなく、馬車は学院へと到着した。
「ミルロア様、おはようございます。もう具合はよいのですか?」
「授業中に倒れたと聞きましたわ。大丈夫ですか?」
「ええ、おかげさまで。ご心配ありがとうございます」
教室に入るまでの間に知らない人たちから声を掛けられる。
私はそんなに有名人だったの?
疑問に思いながらも教室へ向かった。クラスメイトはいつものように私を心配して声をかけてくれる。




