16 まさか…
「ミルロア様、おはようございます。今日もいい天気でございますよ」
「ラニャ、おはようございます」
「ミルロア様……?いつもよりボーっとしていらっしゃいますね」
「まだ少し眠いです」
「そうでしたか。ですが、寝る前は軽食しか食べておられませんでしたし、食事を摂っていただかねば倒れてしまいます。食後にまた眠るのはどうですか?」
「いえ、起きる時間ですよね。起きます」
「……畏まりました」
私は眠気の残る頭をどうにか動かし、服を着替える。
えっと、今日は月曜日よね。
テア様のことも気になるし、学校にも行かないといけない。
「ミルロア、おはよう。今朝の具合はどう?」
「お父様、お母様、おはようございます」
「舞踏会の疲れが残っているせいか、まだ少し眠いですが時間が経てばもとに戻ると思います」
「そう、ならいいけど」
「あまり無理はしないんだぞ」
「はい」
両親と会話をしながら食事をする。
やはりまた胃が小さくなっているのかもしれない。以前よりも食べる量が減っているし、食べるという行為も怠くなっている。
食欲はあるのに……。
頑張って食べきった頃には既に登校時間が迫っている。
「お父様、お母様、では学校へ行ってまいります」
「ああ、無理はせず、何かあったらすぐにラニャを呼ぶんだぞ」
「はい」
色々と考え事が頭をよぎるけれど、今はだめ。
ラニャに悟られてはいけない気がするもの。
「お嬢様、本当に登校するのですか?」
「ええ、授業は難しいですが、図書室がとても楽しいですから」
珍しくラニャが聞いてきた。疑われているのだろうか。以前のような人間味のない人形に徹しないといけない。
考える事を捨て、ゆっくりと馬車へ乗り込み登校する。
「ミルロア様、おはようございます」
「みなさま、おはようございます」
「ミルロアお嬢様、では私は控室におりますので。何かあればすぐにお呼びください」
「ラニャ、ありがとうございます」
私はいつものように一番後ろの席に座った。
何気ない日常。
だが、やはり違っている。
二日ほど授業が進んでいるのだ。
私はやはりずっと寝ていた、というより眠らされていたんだ。
意識がなくなる直前にはいつもラニャがいた。
考えられるのはラニャの淹れてくれるお茶だ。
記憶が曖昧な部分もあるけれど、あの時、何かの薬品のような味がしていた。
私は何か眠らされるほどのことをしている……?
ただの侍女であるラニャが自分の考えだけで薬を私に飲ませるってことなんてありえない。ということはやっぱりラニャに指示をしているのは両親ということになるわよね。
やっぱり家族は敵だ。
敵なんだ。
そう嫌でも自覚する。でもそこまでする理由は何?ケラディナスが関わっている?
ケラディナス……。
一体どういう意味の言葉なの?
テア様は最上級生で卒業も間近。
今は忙しいし、私が会いに行ったら迷惑よね。
それに私が動けばペリト様はきっとテア様に何か言うのかもしれない。
調べないと。
でもどうやって。図書室にある?
辞典っていう物はないけれど、専門書のようなものは数多く存在する。膨大な本の中でケラディナスという言葉だけを探すって難しいんじゃないかな。
でも、探すしかないよね。
きっとクラスメイトが私に気を使っている理由もそこにあるんじゃないかなとも考えている。
悔しい。
監視がなければ、街に出て聞くこともできるというのに。
今の状況は誰が敵で、誰が味方なのかも分からない。
分かっていることは、アヴィルから嫌われているし、テア様から苦言を呈される存在だということだけ。
アヴィルは「お前なんてすぐ死ぬくせに」と言っていたのをふと思い出した。
……もしかして、私は死ぬことが決まっているから仮の婚約者としてペリト様がいる、の?
だから、両親は私に優しかった?
死ぬことが決まっているから何も教えなくてもいい。
何も知らなくていい。
死ぬことが決まっているから。
まさか、ちがう、でも。
そう点と点が繋がり始める。
だから、なの。
でも……。
恐怖で身体が震え、だんだんと息が上がり、苦しくなってくる。
顔色を無くし、ガタガタと震える私に気づいた先生が授業を中断し、声を掛けてきた。
「ミルロアさん? ミルロアさんっ、誰か、衛兵を呼んでちょうだい」
「大丈夫ですか」
一番近くにいたクラスメイトが私に駆け寄り、ヒョイッと抱え上げた。
「先生、医務室へ連れて行きます」
「クロードさん、お願いします」
先生は彼を見て小さく頷きいた。
授業中ということもあって廊下には誰もいない。
「すっ、すっ、み、ませっん」
「問題ない。喋ると舌を噛む」
私は黙ったまま彼の腕の中でじっとするしかなかった。
彼の温もりを感じ、先ほどまでの恐怖と共に震えと過呼吸はゆっくりと元に戻っていく。
「先生、すみません。ミルロア嬢が倒れたようで急いで連れてきました」
クロード様は扉を乱暴に開け、部屋に入っていったが、医務室の先生は慌てることなく診察の準備をしている。
「こっちのベッドへ寝かせてください」
先生の指示に彼は従い、私をベッドに優しく寝かせてくれる。




