14 本当の婚約者
「ミルロア様、またお会いできて嬉しいですわ」
声の主はエンストレーム公爵令嬢で、私の姿を見つけ、婚約者と思しき人物と共に私の前にやってきた。
「テア様。お久しぶりです」
相変わらず美しい。
ドレスも相まって凛とたたずむ百合の花のような気品に溢れてため息が出てしまいそう。
「ペリト様、まだあちらの方に挨拶が残っていなくて? 私がミルロア様と一緒に居ますからご挨拶なさってきてはいかがかしら」
テア様は扇子で口元を隠しながらちらりと上級生たちが集まっている方向に視線を向けている。
確かに今年最後の舞踏会でペリト様は最上級生だから色々と積もる話はあるのかもしれない。
「だが……」
「問題ありませんことよ。ミルロア様、あちらで私と一緒にお話をしましょう? 一通り挨拶が済めばペリト様が迎えに来ますわ」
私はどうしていいか分からず、突っ立っていると、テア様の婚約者がペリト様を誘っているようだ。
「ミルロア、すぐに戻ってくるから」
「わかりました」
私はペリト様と離れることに不安を覚えたけれど、挨拶は仕方がない。
「ミルロア様、こっちで話しましょうか」
「はい」
私はテア様の後をついて行くようにダンスホールの端にある休憩するためのスペースに入る。
そこは楽団との距離も近く、他の人との声が聞こえにくくなっている場所だった。
隣に並ぶようにして置かれている椅子に座り、ダンスを眺めながら会話をする。
「ようやく二人になれたわ」
テア様はさっきとは違い、扇子で口元を隠しながらふうと息を吐いている。
「ミルロア様、貴女、どういうおつもりなの?」
「……?」
私はテア様の言っている意味が分からず首を傾げた。
「ペリト様と二曲も踊って。オランジェール様のことを少しは考えてあげてもいいのではないですか?」
オランジェール様……?
誰のことかしら。
私が不思議そうな顔をしていると、あからさまに溜息を吐いた。どういうことなのだろう。
私が知らず知らずのうちにオランジェール様という人に無礼を働いていたということよね?
「人形のようだと聞いていたけれど、本当に黙ってばかりね」
誰が私のことを人形のようだ言っていたの?
私の頭の中は疑問で一杯になる。
この人は私にとって敵なの?
でも父たちとは違う感じがする。
真っ直ぐに私に不満をぶつけてくる。
「……あのっ。お聞きしてもいいですか?」
「なにかしら?」
不機嫌な様子を出しながらもテア様は話を聞いてくれるようだ。
「あの、オランジェール様とは一体誰なのでしょうか」
「ペリト様の婚約者ですわ。貴女、よくそんなことも知らずに二曲踊りましたわね。他の人たちが騒いでいるのを気にしていなかったの?」
「……婚約者? えっと、どういうこと、ですかっ」
私の心はぎゅっと硬くなり、心臓が嫌な音を立て始める。
私とは反対にテア様は面倒そうな声で応えた。
「婚約者と言えば婚約者よ。ペリト様と将来結婚する相手。そんなことも知らないのかしら? 将来ポールク侯爵夫人になるのはオランジェール・アルフィリア様なの。彼にとって貴女はただの飾りでしかないのよ」
頭を殴られたような衝撃を受ける。
どういうこと……?
私は偽の婚約者?
ただの飾り?
あんなに優しくて、さっきまで将来の話をしていたのに?
でもテア様は嘘を付いている様子は見られない。
どちらを信じればいいの?
でもペリト様は嘘を付くはずないわよね。怖くて手が震える。小さな不安が私の胸を締め付ける。
もしかして、やっぱり彼も……?
私はハッと思い出したように笑顔で扇子を取り出し、口元を隠すようにして話をする。
「あ、あのっ」
「何かしら?」
「聞いてもいいですか……?」
「聞くだけなら」
テア様は冷たい言葉で返してくる。
「私って、一体、何者なのですか?」
勇気を振り絞って聞いてみた。
きっと、その声は震えていたかもしれない。
テア様は私にとって敵かもしれない。
でも、それでも、今ここで聞かなければいけない気がしたの。
「えっ……?」
彼女は想像とは違った質問だったようで、言葉に詰まっている様子だ。彼女の様子は扇子で口元を隠し、他の貴族に表情を悟られないようにしているけれど、声は驚いていた。
「どういうことかしら」
「家族も、侍女もペリト様もとても優しいんです。でも、誰もが優しくて、その優しさが怖くなる時があるんです。誰も何も教えてくれないのです。勉強しなくてもいい、知らなくてもいい、という感じで。本当に何もしらなくて……」
「……それは――」
テア様が私の質問に答えようとした時、ペリト様が笑顔で手を振り、こちらに向かってきていた。
「ミルロア、待たせたね。大丈夫だったかい?」
「はい」
「テア嬢、ミルロアの相手をしてくれて助かったよ。ありがとう」
「いえ、大した話はしていないもの。ミルロア様、またお話する機会があれば嬉しいですわ」
「はい。私の方こそ、お気に掛けていただいてありがとうございました」
「じゃあ、行こうか」
「はい。では失礼します」
私はテア様にお礼を言って、ペリト様のエスコートでその場を立ち去る。
「ペリト様、他の方々にご挨拶はよかったのでしょうか?」
「ああ、構わないよ。テア嬢に何も言われなかったかい?」
「はい」
「彼女は苛烈な方だからこれ以上は近づかないようにね」
「わかりました」
私はそう言うと、ペリト様は安心したようで笑顔になった。
「さて、そろそろ帰ろうか。また怪我をしてはいけないしね」
「はい」
私はそのままペリト様のエスコートで会場を出る。
出る前にちらりと成金のようなゴテゴテした装飾品を着けている両親とその横で静かに立っている女の子が視界の端に移った。
今は関わらない方がいいような気がする。




