11 その言葉
ドレスを採寸するのに時間はかかったけれど、まだお昼前で少し時間がある。
「ミルロア、この後、どこか行ってみたいところはあるかな?」
そう言われても私は一度も男爵家から出たことがないので言葉に詰まるしかなかった。
「……わかりません」
「そうか。出たことがなかったね。なら食堂へ行ってみようか」
「はい」
私たちは歩いて近くの食堂へと向かった。
初めて歩く街に興奮が収まらない。こんなにも人が出歩いていて、とっても活気があってすごい。賑やかな場所だ。
私はドキドキしながら歩いていると、ペリト様はふっと笑顔を溢した。
「驚いているようだね」
「はい。こんなにも街には人がいるなんて知りませんでした」
「……そうだったね」
私たちは大きな通りを歩いて食堂までいく。
時折、通り過ぎる人が私を見ていたような気もするけれど、貴族が馬車を使わずに歩くことは珍しいのかもしれない。
「ここの食堂は美味しいって有名なんだよ」
ペリト様がそう言って入った店はとても賑やかなお店だった。ちょうど食事を終えた人たちと入れ替わるように私たちは並ぶことなく店に入ることができた。
レンガ造りの大きな空間に十卓はくだらない丸テーブルが置かれていてたくさんの人が座り、昼間からエールを飲んで楽しそうにしている。
「とても賑やかですね。驚きました」
「驚いてくれてよかったよ。ミルロア、何を食べたいかな?」
私はメニュー表を見ていると、ふと前世の記憶が浮かんできた。
「ビールはないんだ」
「ん? ミルロア何か言ったかい?」
私は自分の思い浮かんだ言葉を口にしていた。危なかった。
「いえ、何も。この果実水とパンと、羊肉の煮込みを食べてみたいです」
水は五シリン。果実水は三シリン。エールは一シリン。エールの方が安い。水はやはり貴重品なのね。金額を見てもいまいちピンとこない。
物価は一体どうなっているのだろう。
私が品物を選ぶと、ペリト様は声を上げて店員を呼び、笑顔で寄ってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
ペリト様は私が選んだ品と、自分の選んだ品を店員に注文する。
「ご注文は以上ですか?」
笑顔でそう話す店員は私を見て何かに気づくように一瞬固まった後。
「すっ、すぐに料理をお持ちしますねっ!」
と勢いよく厨房へと戻っていた。
「私が何か悪いことでもしたのでしょうか」
「いや、そうじゃないと思うよ。ミルロアの可愛さに驚いてしまっただけだと思う」
「そう、なんですね。それであればいいのですが」
そうペリト様と話をしているとすぐに注文した品物を店員は持ってきた。
「早いですね」
「そうかな」
ペリト様は気づいていないのか、気にしていないのか料理を食べ始めた。
周りの人たちもどことなく私たちを見ているようで私は少し居心地が悪い。
蔑んだ視線ではなく、驚いているような、珍獣を見ているような、そんな視線が気になり、私はあまり食事に手を付けることができないでいる。
「ミルロア、どうしたんだい? 食事が口に合わなかった?」
「いえ、とっても美味しいです。ですが、あまり量が食べられず。ごめんなさい」
「いや、いいんだ。こちらこそ考えなくここへ連れてきてしまってすまない」
「そんなことないです。とっても美味しいです。怪我をして以降、少し食事の量が減ってしまって。大分、戻ってきてはいるんですが」
「そうか。ここは人も多くてミルロアも気を遣うだろうから長居はよくないね」
「はい」
ペリト様はそう言って大きな口でぱくりと食べ始めた。私もそれに倣って頑張って食べ始める。
食事は居心地の悪さも手伝って半分くらいしか食べることはできなかったけれど、私は店員に「美味しかったです」と伝え、店を後にした。
私たちは少しだけ街を歩いて散策する。
きっとペリト様は私が無知だから街がどんなところなのか教えるためにしてくれているのよね。その証拠にラニャはペリト様の行動を一度止めに入ったもの。
でもペリト様は「ミルロアにだって経験は必要だ」と言ってラニャを制止していたもの。
さすがにラニャもペリト様が言うと、「畏まりました」と言って従っている。
そうして雑貨屋さんや装飾品店を少し見て回り、家に戻ることになった。
ペリト様にエスコートされ、馬車までの道を歩いていると、道の端に一人の浮浪者が見えた。
彼は浮浪者に声を掛け、一シリンを空き缶に入れている。
やっぱりペリト様ってとても優しい人なのだろう。
すると隣にいた私を見て浮浪者が「ケラディナス」と言いながら頭を地面に擦りつけた。
「……ケラディナス?」
私がその言葉を口にすると、ペリト様は笑顔で答える。
「『神よ、どうぞこの方に加護がありますように』
という意味の祈りの言葉だよ。気にすることはないからね」
「そうなのですね。わかりました」
私はそのままペリト様と一緒に馬車に乗り込み、邸へと戻っていった。
「ペリト様、今日は本当にありがとうございました。初めてのことばかりでペリト様にはご迷惑ばかりかけてしまい、ごめんなさい。でも……とても、楽しかったです」
私は微笑みながらペリト様にお礼を伝える。
「よかった。君の笑顔を見られて本当によかったよ。また一緒に行こう」
「はい」
私はペリト様にお礼を言って自室に戻る。
今までこんなに歩いたことがなかったし、とても疲れた。ラニャは私の疲れを察してすぐに湯あみの用意をしてくれている。
……自分がこんなにひ弱だったとは。
ペリト様は私が歩けないことに怒ることなくジッと待ってくれていたわ。なんだか申し訳ない。
もっと歩けるようになろうと改めて心に誓った。




