10 マダム・サリィの店
毎日図書室へ通い、夜はラニャが部屋を出てから軽い運動と勉強をする。とっても忙しいわ。
「ミルロアお嬢様、今日はペリト様とお出かけする日ですが、お洋服はこれでよいでしょうか?」
ラニャはそういいながら薄いピンクのワンピースを準備している。
でも、私は一つ気になった。
「ラニャ、この袖、五分丈ですね。腕が見えてしまいます。この痣が見えてしまうのは……」
私は言葉を濁しながらそう言うと、ラニャは笑顔で答えた。
「お嬢様、何の問題もありません。痣があってもお嬢様の可愛さにはかないません。むしろ腕を出しておいた方がよいと思います」
ラニャは当然とばかりに話すので私もそんなものかな、と思いワンピースを着る。
そうして準備をしていると、ペリト様の馬車が我が家に到着したらしい。私は急いで玄関ホールに向かった。
「ミルロア、迎えにきたよ」
「ペリト様、今日はよろしくお願いします」
ペリト様は綿のシャツにズボンを穿いていつもよりラフな格好をしていた。
学校はローブの下は自由なため、オーバーチュニックにズボンを穿いている人がほとんどだけど、最近はシャツなどが流行りだしているようで学校でも様々な服装の人がいる。
「今日は薄いピンクのワンピースにしたんだね。よく似合っているよ」
「本当は腕を隠したかったのですが、侍女が絶対これがいいと言っていたので。見苦しいものをペリト様にお見せしてしまい、すみません」
「そんなことか。私は全く問題ないよ。腕は出しておいた方がいい。これはきみの安全のためでもあるしね」
「……」
「ポールク侯爵子息っ」
ラニャが珍しく声を上げると、彼は笑顔でラニャを制止している。ペリト様はそっと私の耳もとで囁く。
「忘れないでほしい。それくらい大事なことなんだ」
身体を少し離し、話を続ける。
彼の息が私の耳にかかりそうなほど近くて、私の心臓は一気に速くなる。
彼はまた私から距離を取り、ラニャに聞こえるように話をする。
「周りは私が君を守っているとちゃんと分かるし、大丈夫。君の可愛さに不埒な者が出てくるかもしれない。さあ、出発しようか」
「……はい」
私が顔を真っ赤にしたままペリト様のエスコートで馬車に乗ったのは言うまでもない。
もちろんラニャもペリト様の従者も同席している。
初めて見る街の景色に目が離せない。
いつもとは違う道。
こんなに街は活気があるんだ。
嬉しくなって窓から眺めていると、ペリト様が声を掛けてきた。
「何か珍しいものがあったかい?」
「いえ、学校以外で初めて家から出ましたので」
「そうか。出かけたことがなかったんだね。少しでもミルロアが楽しんでくれると、私としても嬉しいよ」
「はい」
馬車は大通りを通り、一軒の店の前にやってきた。『マダム・サリィの店』と書かれている。大きなショウウィンドウには綺麗なウエディングドレスが展示されている。
「……綺麗」
私は思わず呟いた。それを聞いたペリト様が優しく答える。
「ここの店は王族御用達の店なんだ。さあ、中に入ろう」
ペリト様は優しく私の手を取り、店の中へ入っていく。
「いらっしゃいませ。ポールク侯爵子息様、モルターユ男爵令嬢様、ようこそお越しくださいました。私、ここのオーナー兼デザイナーをしております、マダム・サリィと言います。ミルロア様、首を長くしてお待ちしておりました」
「マダム、久しぶり。今日はミルロアを連れてきた。彼女に合ったドレスのデザインをお願いしたい」
「畏まりましたわ」
マダム・サリィは笑顔で挨拶をする。
彼女の後ろには数名の針子さんが待機しているようだ。
「早速ですが、ポールク侯爵子息様、モルターユ男爵令嬢様。こちらへどうぞ」
マダム・サリィはそう言って奥の部屋へと案内してくれる。
王族御用達といわれるだけあって、店はとても気品が溢れている、ように思える。
私には一つ一つの価値は全く分からないけれど、素晴らしいということだけはわかるもの。
部屋の奥には中庭が望める大きな窓ガラスがあってゆったりとくつろげる空間になっていた。
「モルターユ男爵令嬢様、採寸がありますのでどうぞこちらへ」
「はい」
侍女の格好をした針子さんたちと一緒に別室へと連れられていった。針子さんたちは一言も話をすることなく黙々と私の採寸をしている。
首回りや腕の周りなど事細かく採寸されていく。こんなに細かく採寸されたのは初めてだったのでちょっとドキドキするわ。
そして私の痣を見た針子さんが一瞬手を避けたのが分かった。
そうよね、こんなに醜い痣があったら触りたくないわよね。
すると針子さんの中でも一番偉いと思える人がすぐに気づいて採寸を代わった。
彼女たちには気を使わせて申し訳ない。
一切愚痴を言わないところはプロなのだと感心する。
そうして採寸を終えて、マダム・サリィのいる場所に戻ると、既にいくつかのドレスのデザイン画を描いているようだった。
マダムは私が戻ってくるとすぐに描いていたドレスのデザイン画を見せてくれた。
新緑を思わせるレースがあしらわれたドレスや腰がとても苦しそうなくらい細くデザインされたドレスなど奇抜なものから伝統的なものまでサラサラと描いて相談してくれる。
ペリト様もデザイン画を見ながら「もっとレースがあった方がいい」と色々と話をしてくれている。
そこでふと、私は気づいた。テーブルに避けられていた二枚ほどローブのようなものが描かれているデザイン画を。
私が着るもの?
学校に来ていくものなのかしら。
このデザイン画は何ですか? と、聞こうか迷っているうちに、マダムは全てのデザイン画を仕舞い始めた。
「ポールク侯爵子息様、モルターユ男爵令嬢様。お疲れ様でした。あとはドレスが仮縫いまで出来ましたらご連絡を差し上げます」
「ああ、よろしく頼むよ」
「マダム・サリィ、ありがとうございます」
私たちはそうしてマダム・サリィに見送られ、店を出た。




