9話 落し物から始まる厄介事
「今日は何か見つけられた?」
「うーん…いつも通りかな」
いつものように放課後、図書室にて私はセイルと本を読み漁っていた。
正直任務のため、という側面はあるにはあるがどちらかと言えばセイルとの交流のためというのが大きい。
「そっか。いつか見つかるといいね」
「うん…セイル、毎日付き合ってくれてありがと」
かれこれ2週間程だろうか。もう学園にも慣れてきたし、人付き合いもそれなりに。
それだけの経験を経ても、こうして2人きりで過ごす時間は他のものとは変え難い。
「じゃあ僕は今日も生徒会に行くから、また明日」
「また明日〜」
名残惜しいが今日も手を振り解散。私は自室へ、セイルは生徒会室へとそれぞれ移動する。
…はずだった。
「あれ…これ、セイルの?」
机に忘れたのであろう、女性物にも見えるピンクのハンカチを見るまでは。
* * *
「こ、ここが…」
豪華な装飾の施された扉。その威圧感に、思わず気圧される。
セイルの落とし物を届けるべく生徒会室へ来たわけだが…なんというか、空気感が凄い。
廊下には誰もいないし、なんとも近寄りがたい場所だ。
「…入っていいのかな」
「何か用かな?」
「!?」
ドッドッと、心臓が跳ね上がるように鳴り出した。
背後から急に声を掛けるのは勘弁してほしい。
「驚かせてしまったね」
「いえ…大丈夫です」
爽やかな翠色の瞳と髪を持つ青年。
セイルよりも一回りぐらい大きく見えるし上級生かも…
「それで、生徒会に何か用かな?」
「えっと…セイル、さんに用があるんですけど…」
「あぁ…セイル君か。今少しお使いに行っててもらってね。戻るまで待つかい?お茶ぐらいは出せるよ」
この善意の押し付け…なんか覚えが…
「…分かりました」
断れるわけもなく、私は生徒会室の中へと連行されるのだった。
……
生徒会の隅の方に椅子を出してもらい、待っているわけだが…
「気まずい…」
忙しそうに働く生徒会の面々。偶に目が合うのだが「邪魔、なにしてんの?」的な視線よりも「何か御用ですか?ニコニコ」みたいな視線を向けられる。
要するに、ここにいるのが全員セイルみたいな感じがするというわけだ。
そりゃあ人の役に立ちたいと考えなければ勇者にもならないし、生徒会にも入らないだろうし納得と言えばそうだ。
…そうだけども!気まずい!早くセイル帰ってきて!
「…落ち着かない?」
すぐ隣、上座に座る私を連れてきた青年。名をシオンと言い、副会長だそう。
「い、いえ…あの、お使いと言っていましたがセイルは…」
「もうすぐだよ。まぁあの人のことだから…今日も手ぶらだろうけどね」
何のことを言っているかよくわからなかったが、もうすぐとのこと。それに一安心しつつ…目線を逸らした。
また気まずい時間が訪れる。早く終わってくれと願うほどそれは長く、遠く感じた。
時間にして五分ほど。コンコンと丁寧なノックと聞き覚えのある声が扉越しに聞こえた。
「セイルです。入ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
「失礼します」
いつも見るにこやかに笑う彼とは違った様子で、少し驚いた。
要件を告げるべく、彼がこちらへ歩み寄り…私と、目が合った。
「…ルナ?どうしてここに?」
「あ、えっと…」
「彼女が君に用があるって言っていたから、待っててもらったんだよ」
私が言うよりも先に、シオンが理由を告げる。そして私に目をやった。要件をどうぞ、ということだろうか。
「これ、ハンカチ。落としてたよ。手作りだったから大事なものなのかなって…」
「あれ…ほんとだ。ありがとう、ルナ」
私の手から、ハンカチが離れセイルのポケットに。
…これで要件は終わり。私はお暇しよう。
「じゃあ、私はこれで…」
そろりそろりと、生徒会室を抜けていく。全く、知らない人に囲まれ邪険にするならまだしも、いくつも手を差し伸べられるとどれを取ればいいのか分からなくなる。
「…悪い人達じゃ、ないんだけどなぁ…」
善意だとしても、加減は覚えて欲しいね。
* * *
「あっ」
部屋に戻る前。私は気付いた。気付いてしまった。
今自分が手ぶらであることに。
おかしい。今日私はいつも通りに本を借りて………
「図書室!」
ハンカチに気を取られて忘れていた。しかももう閉まってる。
明日に回しても…とも思ったが、続きが気になる。
「仕方ない、よね」
少し悪いことだがやってしまおう。それだけの思い切りが、この時の私にはあった。
────────まさかその選択が、これからの学園生活を変えるとも知らずに。
…………
「ルナ〜、アンタいつの間にそんなワルイコになったのぉ?」
「続きが読みたいの。いいからヨル、ちゃちゃっとお願い」
「仕方ないわね」
ヨルは不満を並べつつも楽しそうに笑っている。
そうして私のお願い通り、空を飛んで空いているはずの窓から侵入し、内側へ忍び込み正面の出入口を開けた。
「窓が空いてたわ。ラッキーね」
「あそこはいつも空いてるんだよ」
「…ほんとにグレちゃった?」
今度は本当に心配されてしまった。が、否定しずらいのは言うまでもなく。
「それで?お目当てのブツはどこよ」
「確かあっちの席に置いたはず…」
大抵いつも座る窓際の席。そこに、私が借りた本が置いてあった。
「よかった…!」
嬉しさで思わず大きな声を出しそうになったが今は深夜。静かにしなければ…
「ヨル、私が出たら鍵を…」
「ルナ、誰かいるわ」
「!」
ヨルの向いている方へ、私も視線をやり…その人影を見つけた。
本棚と本棚の間で見づらいが…確かにいる。
「…」
机の下に滑り込み、息を殺して様子を伺う。
遠目だから正確では無いが、体躯としてはシオンに近く見える。上級生か、教師だろうか。
人影は少し辺りを確認した後…少し座り込み、そして床に光を発生させた。
「まぶっ…」
視界が光で覆われる。
目が痛いぃぃ…!
「…あれ?」
人影が、消えていた。確かにそこに居たはずなのに、あの光を起点に…
「ルナ!?」
私は、1つ思い当たる節があった。それもいかにもなものが。
人影の居たところへ駆け寄り、床を確認。しばらくベタベタ触っていると、突起に指が引っかかる。
そこを躊躇なく、押し込む。すると再び、光が漏れ出る。
さっきの光は、地下の明るい空間によるものだ。だとすれば人影が…
「この先にいるってわけだ」
ここがなんなのか、思い当たる節はあっても確証は無い。それにあれが侵入者なら、放っておく訳にもいかない。
「ルナ、行くの?」
「大丈夫だって、ヨルがいるし」
階段を一段降りる度、足音だけが白い空間に響く。
気味が悪い。妙な静けさと、背筋に走る冷たさだけがある。
やがて廊下へ出る。
しかしそこにも方向感覚すら狂いそうな白。
壁と床の境界すら曖昧で、まるで空間そのものを塗りつぶしている……
こんなところに、ほんとに誰かいるのか──────
「何者だ?貴様」
「むぐっ!?」
思考が、1つの声と口元に当てられた手によって打ち切られた。




