10話 動き始めた夜
口と腕を抑えられ、壁へと追いやられた
そして問われた。
────────何者だ、と。
「…」
よく目に焼き付けておく。
眼前に立ったのは灰の髪と瞳をもった男。シオンよりも遥かに堀が深い顔で、大人っぽく見えた。が…学生服を着ている。
つまりは、私と同じ生徒?じゃあなんでこんなところに…
「何者だと、聞いている」
圧が増した。これ以上の思考は駄目そうだ。そろそろ口を聞いてやろう。
クイクイと、顔だけ動かし口の解放を求める。
通じたようでしばし考えた後、手が離れた。
「…貴方こそ、こんな時間に迷子?」
「聞くだけ無駄だったか」
素直に吐くわけないでしょ!
「ヨル──────────」
優秀な協力者へ、指示を出そうとしたその刹那。
目の前の存在よりも遥かに強大で、欲にまみれた『それ』がこの場に押し寄せた。
* * *
私とその男は、ほぼ同時に反応した。
私の場合は、ヨルがだが。
男は魔術で光の剣を編み出し一掃。ヨルは翼を肥大化させ、乱暴に薙ぎ倒した。
今が好機と見て男から離れる。そしてヨルと私、男が対面した。
「…発現者?今年はまだ登録はない。そして見覚えも、ない」
「えっとー…」
どうしたものか。なんというか逃げようにも逃げれる気がしない。
本を取りに来ただけなのに…こうなるなら来るんじゃなかった!
「名乗れ」
「やだ」
決めた。逃げよう。
こいつ、多分私よりも強いし…
「逃がすわけがないだろう?」
「はっ?」
こちらの思惑など見透かしたようで、既に接近されている…
「ルナに触っちゃダメよぉ?」
ヨルが再び翼によるガード。一閃を防いだけど…
「…ルナ…確か今学期の編入生の名だな?」
「やっばぁ…」
というかなんでこの人はそれを知ってるの!?この人も学園関係者?なら…
「大人しくすれば悪いようには…」
「いいのかな?私も貴方の秘密を知っちゃってるわけだけど?」
先に仕掛ける。これは確証の無い賭けだが…なんとなく、行けるはず!
「秘密だと?」
「ここに居たのを知られたらまずいんじゃない?」
男が黙り込み、顎をさすって考え出す。
やがて数秒の沈黙の後、答えを発した。
「…交渉か」
「さぁね」
「………まぁいい、今この場で話す必要も無いからな」
あれ?思ってた展開と違う…けど!
「私はもうあなたとは会いたくないけどね!」
いいと言うなら逃げてやる。私は…もう1人の、『死霊人形』を呼び出した。
「おいで!ノノ!」
私の影から中型のヨルと同じく継ぎ接ぎの翼竜が現れる。男は動揺したものの、特に動く様子はなかった。
「…べーっ」
階段ごと飛ばして、翼竜による低空飛行。すぐに出口が見えてきた。
……
「見えなかった。正確に」
その男…レインはこの学園の生徒会長であり、現勇者の一人。
そんな彼はポツリと、誰も居なくなった『禁書庫』で呟く。
「今まではあんなことなど有り得なかった…あの娘は…何者だ?」
疑問。ただ1つの、今まで知らなかったことが動き出したがゆえの、それはレインの思考を埋めつくした。
「…この時期の編入といい、何か…妙だ。それに…」
違和感だ。とてつもない、他とは違う何かがあの娘にはある。
根拠などあるわけじゃないが、彼の直感はルナを追うべきだと判断した。
「互いに秘密を知った状態だ。ならば…乗ってくるだろう?」
何者か、その問に答えが出るのはまだ先のこと。
* * *
「…以上が、軍師殿からの報告でございます。お兄様」
ルリエナが深々とお辞儀をし、発言を終えた。
「禁書庫らしき場所か。情報を流しただけですぐにとは…やはりアイツに任せて正解だったな」
それを聞いた兄…ヴェルトは、やや興奮気味に喜びを露わにする。
その様子を見て、ルリエナは呆れたようにため息を吐く。
「…例の灰髪の男のことは?」
「知らん、どうだっていい」
「ですが軍師殿は…『しばらくは外出たくない』と言って休暇なのに引きこもっていますよ?」
「それはまずいな…あいつにはまだまだ頼みたいことがあるんだが」
ここでようやくルナの心配を始める兄に、ルリエナは心底失望した。
正直ルリエナ自身もルナのことも、魔族のことも内心はどうだっていいとさえ思っている。
ただそれでも、嬉しそうに毎日クラスメイトの話をする彼女に思うところが無いわけじゃない。
それ故…という訳では無いが、相も変わらず最低な物言いをする兄には幾度となく失望している。
「お前からそれとなくやる気を出させて…」
「それは任務には含まれませんよね?それに、そういったことは依頼主であるお兄様のお役目では?」
「っ……分かった。後で褒美を送る。だから次の依頼を伝えてきてくれ」
物分りがいいのはこの愚兄の美点だろう。
仕方がない。また協力してやるとしよう。
「承知しました。それで、次は?」
「…第1の仕込みを始める。こいつを渡して、目立たないところに設置させろ」
「!…もうすぐ、なんですか?」
手渡されたものを見て、というよりも計画が進むということを知ってルリエナの目は輝いて見えた。
「あぁ、動ける段階まで集まったからな」
「…兄様、私は貴方が嫌いですが…この一点だけは賞賛に値すると思っています」
「実の妹に言われると響くものがあるな…」
精一杯絞り出した一言に、苦悶の表情を浮かべるヴェルト。
しかしルリエナは構わず続ける。
「全ては魔王様のために。全身全霊をもって取り組みます」
「…その通りだ。ルリエナ」
──────────全ては、魔王様のため。
それがこの兄妹の動くただ一つの理由だった。




