75話 『勇者』として
エリシアは、確かに覚悟を決めて前に出た。決意をバラムに向けた。
その上で、バラムが本気になって剣を振り下ろそうとして。
初めて、死を目の前に感じた。
同時に、とてつもない恐怖。抗いようのないという、無力感。
迫ってくる風圧に、足がすくみ、思わず目を瞑った。
「─────?」
しかし、その衝撃は、身体が裂かれる痛みは、いつまで経っても訪れることはなかった。
疑問を確かめるために、エリシアは目を開き─────
その背中が、目に入った。
* * *
「なんだぁ…?また、お前かよ。セイル」
頭から血を流し、全身に擦り傷を負った青年が、決死の表情でバラムの剣を食い止めていた。
普通に考えればセイルでさえ受けきれない一撃だった。なのに止まっているのは、出始めの部分を技術的に受け流したからだ。
「邪魔すんじゃねえよ」
「邪魔…なんかじゃない。僕はまだ立って、バラムの前に戻ってきた。ここからだよ」
「屁理屈だな」
セイルは既に満身創痍だ。後ろに立つエリシアを守るために、ここへ立ち剣を構えている。
馬鹿馬鹿しいと、バラムは唾を吐く。
「お前は『勇者』かもしれねぇがなぁ…『戦士』足り得ない。だから、俺の前に立つ資格はねえ」
「…意外だよ。『勇者』だとは、認めてくれるんだね」
「そりゃ……それですらなかったら、お前は一体何者なんだ?って話だ」
「手厳しい言葉…だっ!」
セイルが、先んじて動き出す。
バラムの刃から伝ってくる力を、重心をずらすことにより地面へと流す。大剣が、地面を叩き割る。
凄まじい衝撃が、街全体を揺らす。
衝撃を利用し、空中へとセイルが大きく飛び上がった。
「んなことしてる場合かよ」
「やってみないと分からないだろう?」
空中で向きを変え、風の魔術を使って一気にセイルの間合いまで近づいた。
そして、真っ直ぐに剣を突き出す─────
「『目眩し』!」
直前で、剣の柄から先が崩れ落ち、仕込まれた魔道具が起動する。
放ったのは純粋な光。ほんのわずかの隙だが視界を奪うことが出来る。
バラムは目の前でセイルの姿を捉えようとしていた。当然、光をまともに浴び、思わず目を押さえる。
「またとない好機…今度こそ決めてみせる」
柄だけになったものは投げ捨て、自身の魔力で光の剣を練り上げた。
空中でも踏ん張りが効くように土の魔術で足場を作り、そのまま剣を振るう。
「はぁぁぁぁぁ!!!」
横薙ぎの一閃。
放つと同時にまたも魔術で強引に飛び、地面にダイブ。2回転ほどして、着地。
そのまま、バラムの方を見やる。
「……よし……」
手応えはあった。間違いなく斬ったと確信した。
実際、バラムには右肩から胸の辺りまで綺麗な切り傷が残っている。
だが、そのバラムは苦しさに呻くこともなく、ただ唖然としセイルの方を見ていた。
何かがおかしい。そう直感が訴えた。セイルは警戒を解くことなく、再度攻めの姿勢を取ろうとして……
「がっ─────っはっはっはっはっ!!!」
バラムが、笑った。
突然の事で、この場にいる誰もが言葉を失う。そんな中でも、ひたすらにバラムは笑った。笑い続けた。
やがて、ひとしきり笑ったのかバラムは、セイルの方を見て口を開いた。
「面白い。やはり、俺の目に狂いはなかった!」
なんの事か、セイルには分からぬまま戦いは次の段階に進む。
* * *
バラムの言葉の理由。
それは、ただ純粋な賞賛故に。
バラムは『戦士』だ。そして、バラムにとっての理想の戦士像とは「勝つために持ちうるすべてを扱い、最後には立っている者」を指している。
先のセイルは、最初のように型にハマった戦い方をやめて扱える力をなりふり構わずに扱った。
目眩しのような手法はバラムは好かないが、それはバラムが強者だからだ。
現状、力で劣るセイルが取る手段としては最適と言っていい。
「俺に付いて来いよぉ!セイル・ルミナス!!」
決して折れぬだろうと、信じているからこそ。バラムは全力で叩き折る。
1つ、枷が断たれた。
「いくぜぇ?」
言った直後。バラムが大剣を地面に突き刺し、己の身体のみでセイルへと肉薄する。
今度は力だけじゃない。力のベクトル、加減を完璧に調整してみせ、静かに、しかし到底目では追えない速さでの移動を実現してみせた。
まさしく、達人の芸だった。
「は─────」
セイルは当然、見えていなかった。バラムにとっては、当たり前のことで構うことなく、顔面に拳を叩き込む。
「ぐぁ…!」
直撃。飛ばされそうになるセイルの足を踏み付け、その場にとどまらせて更にもう一発。
「かはっ…!」
腹部にいいのが入る。セイルの口から唾液と、それら以外のものが溢れ出た。
「まだ止まんねぇぞ?」
殴る、殴る、殴る。
純粋な力だけでなく、最もガードの薄いところへ、的確に、最速で。
「どうしたぁ!なんとか言ってみろやぁ!!」
バラムは今、『技術』という枷を断っている。故に行動一つ一つが、洗練されたそれへと変貌しているのだ。
大抵の相手は、『力』のみで。認めた相手には、『技術』その他の枷も断ち切り相手になる。
誰にも邪魔はさせない。己が道を行かんとする思想。
それこそが、バラム・ヴィンクルという魔族の本質だった。




