74話 強い女
その声に、バラムは疑問を持ちつつも振り向いた。
こんな状況で、自身に口出しできるようなやつがいるとは思ってもいなかったからだ。
「あ?……誰だ?お前」
居たのは亜麻色の髪をした、気丈な態度の女。その綺麗な青緑の瞳を細め、バラムを睨み付けていた。
「その子を離しなさいと言いました。まずは、話してください」
「……へぇ」
2度同じことを言われ、聞き間違いでなかったことを理解しバラムは口角を上げた。
普通は、他の住人のように逃げ惑う。まさか己に口出ししてくるとはバラムは思ってもいなかった。
「アンタ、頭のネジ外れてんのか?」
「それを、貴方が言いますか?」
否定せず、寧ろ挑発してくる。やはりそうなのか。この女は、自分と同類なのかと、一瞬期待して─────
女の、手が震えていることに気がついた。
「はっ……くだらねぇ」
少年を適当に手放しつつ、女に目をやる。
女は、バラムから視線は外さずとも安堵が伺える。結局は、子供を守るための演技だったわけか。
「くだらない、ですか?」
「あぁ、そうだよ、お前だぁ。お前。何考えてんのかと思えばただのガキ思いってか?面がいいのに勿体ねぇなぁ!」
「……」
女は俯き、肩を震わせる。
少し言われただけでこれだ。全くもって、どいつもこいつも『戦士』足りえない。バラムを、止められない。
「黙ってねぇでこっち見ろよぉ。まぁ、無理か?守ってもらうばっかりの女だもんなぁ。怖くて怖くて、今にも叫びそうなんだろ?可哀想だよなぁ」
バラムは、醜悪に笑う。
バラムは、こういう人間が嫌いだったから。弱くて、戦いを知らない、人に縋ることしかしない者が。
「はっ……まぁ、せっかくだ。顔も、肉付きも悪くない。今晩付き合えや。そしたら俺もここは……」
「いい加減にっ……なさいっ!」
「はぁっ!?」
バラムの顎に、何かが直撃した。
大した痛みはない。すぐに、バラムは視線を女に向け─────
女が蹴りの姿勢で、怒りをバラムに向けていた。
靴を飛ばしてきたのだと、バラムは遅れて理解して……
* * *
「私……エリシア・リードベルクは、確かに弱者なのでしょうね。ですが」
エリシアは顔を上げ、言葉を紡ぐ。
「人は、誰かに寄り添い合いながら生きていくものです」
「……あ?」
「私一人では、この街を守れません。貴方のように強くもない。だから、たくさんの人に助けてもらってきました」
一歩、エリシアはバラムへ踏み出す。
「そして今度は、私が誰かを守る番です」
「……」
「貴方は強く、恐ろしい。今すぐにでも逃げ出したいくらいです」
それでも、青緑の瞳はバラムから逸れない。
「だからといって、私が何もせずに逃げ出してなるものですか」
「守ってもらうばかりの女」と、先ほど吐き捨てられた言葉を、エリシアは真正面から受け止める。
「誰かに守ってもらったなら、今度は自分が誰かを守ればいい。そうやって人は寄り添い合い、生きていくものです」
エリシアは、静かに息を吐く。
「それを弱さと呼ぶのなら……私は、その弱さを恥じたりはしません」
そして、バラムを真っ直ぐに見据えた。
「人との繋がりは、いつまでもそこにあるとは限りません。だからこそ……今、守るんです」
初めて、エリシアがバラムへ笑みを向けた。
そして一歩、バラムへと踏み込む。
「私はエリシア・リードベルク! この街、リードベルクの領主です!」
堂々と胸を張り、恐怖を押し殺しながら、それでも一切退かずに言い放つ。
「全てを壊したいのなら、まずは私にその刃を向けてみろ! 簒奪者!」
その声は、街に響き渡った。った。
* * *
期待、呆れ、そしてまた─────期待。
それが、このエリシアという女にバラムが抱いた感情。
「おもしれぇ女だなぁ。お前」
不思議な感覚だった。
きっと、バラムよりも遥かに弱い。というか、女だ。もっと強いやつは山ほどいるだろうに。
でも、今は自分が立たなければならないと、エリシアは言い切って、なんなら啖呵をきった。
その気概が、バラムは気に入った。バラムは、ふぅっと、一息大きく吐き、大剣を右下段に構えた。
「ならば我が刃、その身で受けてみよ─────」
言葉と共に、全身の魔力が昂る。心臓から、腕に。腕から、指先の一つ一つに。そして、剣に。
決して普段であれば向けない女相手に、バラムは全力を叩き込まんとしている。
当たれば絶命、それだけでは済まずこの辺り一帯の被害は恐ろしいものになる。
それをわかった上で、バラムは1歩、大地を割らんとする踏み込みを見せた。
「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
雄叫び、踏み込み、剣を、振るう─────
カキンッ。
「……その人に、手を出すな。愚者!」
またも、バラムの動きは声とともに中断された。




