72話 異変
放送が為された時点で、蜂起が始まって既に二時間。避難区からリードベルクへとたどり着くのには十分な時間だった。
「皆、逃げて!」
「う、うぁぁぁぁぁぁ!!!」
セイルは、街に駐在している王国騎士と共に応戦していた。
戦況は、五分五分。奇襲されたことによるディスアドバンテージはあっても、装備や物資、経験の差は覆らない。
避難区にいたもの達だ。少なくとも二年前よりも遥かに弱い…と、思われていた。
「っ…躊躇いが、無さすぎる…!」
どんなに優秀な戦士だろうとも、自身の命に刃が届きそうになれば怯むものだ。でも、その隙すらなくひたすらに、数で押してくる。
「どうなっている…」
優秀な指揮官がいるのだろうか?そもそもとして、全土での一斉蜂起だ。ありえない話じゃない。
「少年!君は逃げ遅れた人たちの避難を!」
「っ…!分かりました!」
自身よりも騎士たちの方が優れている。そんなことは初めから分かっていた。それに、戦況は次第にこちらへ傾いてきている。
だからセイルは、指示通りに動く。
「助けてくれぇ!」
投石によって崩れた露店。そこに巻き込まれた人。まずは一人。
「ママ―!!どこぉぉぉ!!」
「こっちだ!急いで!」
泣いている子供も、無理やり抱き抱えて、大人を探し預ける。
「集中しろっ…」
どんなに小さい声も聞き逃さないつもりで、街中を駆け回った。
そのおかげだろうか。
「ぁ…ぁ…ぁ…」
「今行きます!」
今にも死に絶えそうな、うめき声。セイルが駆け寄ると、中年ぐらいの男が苦しそうに胸を抑えていた。
「大丈夫ですか!」
「………」
「なんだ…これ…」
違和感があった。それでも、セイルは助けないわけにはいかない。
セイルが、男へと一歩近づいた。その刹那。
「っ」
男が、ナイフを持ってセイルに突き立てようとしていた。
間違いなく、想定も想像もしちゃいなかった。でも、セイルの内に眠る勇者としての直感か、はたまた違和感を感じていたからか。
思いのほか身体がすんなり動いた。ナイフを避け、そのまま手首に
手刀を叩き込む。
男がナイフを落とした。
「ぁ、ぁ、一人、殺さないと…ぁ」
「何をしているんですか!?」
「…もう、ダメだぁ」
男はまだナイフを隠し持っていた。ただ、セイルには通用しないと分かったからか絶望しきった表情をしている。
それが、意味すること。
男が、躊躇もなく自身の首を刺突する─────
「ごめんなさいっ!」
よりも早く、セイルは手刀を首に叩き込み、無理やり気絶させた。
「一体…どうなっている…?」
最悪の可能性が、頭に過った。
* * *
「お寝坊さんねぇ。ルナ」
「煩いっ…今そんなこと言ってる場合?」
「そうねぇ。早く行かなきゃ危ないわぁ」
分かっている。詳細はある程度ヨルから聞いた。まさか避難区が一斉に蜂起するなんて。可能だとも思ったことは無かった。
元々避難区には騎士だって駐在しているし、魔族は武装もしていない上に統率が取れていないはずだ。それなのに、可能になった。
「絶対、あいつが絡んでる」
あの信用のならない男が考えそうなことだ。わざわざ年越しを狙って、この土地を取りに来た。
「ヴェルトの考えることなら、私にも分かる」
何せ同期であり、一時は切磋琢磨していた関係。
今は捩じれた関係だが、その思考自体は信用を置いている。
「あいつなら…少なくとも、目が届かないところには居ない」
どこへでも行けて、どこからでも逃げられる。それが厄介な点の異能だ。だったら…
「ヨル、時間はあまり掛けたくないの。私に掛けられてる魔力の痕跡を追って」
「りょーかいよぉ」
絶対、好きにはやらせない。
* * *
「皆さん!無事ですか─────」
「おぉ、遅かったなぁ。坊主」
「…あ、え?」
セイルは、ある程度の人数の避難を終わらせてから、南門付近へと戻ってきた。大した時間は掛けていない。30分ぐらいだろうか。たったの、それだけの時間。
その場で、立っていたのはただ一人の巨躯。バラムのみ。
辺りは血に塗れ、魔族も人も関係なしに倒れている。地獄さながらだ。
「誰がやった…なんて、ここに立っているのが俺だけな時点で聞く意味はねぇ。おら…どうした?」
ゆっくりと、バラムがセイルへと歩む。セイルは、未だ言葉の意味を理解しきれずにいる。
なんで、どうして、何があってこうなったのかと。
叫びたいのに…声が出なかった。
「仕方ねぇなぁ……名乗っといてやる。」
呆れた様子のバラム。
バラムは、手の甲の他人のものよりも一回り大きい太刀の紋章を橙色に輝かせ、本来の姿を示した。
「俺は、バラム・ヴィンクル。『天剣』を目指す愚者であり、ただ一人の戦士だ」
彼の頭には、巨大な双対となる角が生えていて、それが意味することは…
「魔族…」
「ようやくやる気になったか?勇者の末裔よ」
バラムは、変わらぬ笑みをセイルに向けていた。




