71話 計画的された始まり
重い瞼を、ゆっくりと開らく。
「ふぁ……」
随分と眠ってしまったらしい。身体中が凝り固まって動きにくい。
1度グッと伸びをしてから、私はベッドから這い出た。
もう皆起きているだろうか。というか、お祭りの2日目も始まっているかも。
「急がないと」
着替えて、誰もいない廊下を早足で歩く。そして、扉に手をかけ、外へと足を踏み出した─────
「嘘……?」
なにかの見間違いを疑って、目を擦った。しかし……変わらず。外は、既に日が沈み出していた。
「なんで?」
取りこぼした違和感は、ここに来て大きく膨らんだ。
* * *
少し、時は遡る。
* * *
結灯祭2日目の朝。
「今日は皆も回ってきて大丈夫よ。私がお店を見ておくから」
「やーだー!お姉ちゃんも行くの!」
「一緒じゃなきゃ行きたくない!」
「あら……どうしましょう?セイル」
エリシアは困り顔でセイルを見つめた。
今日は2日目。既に露店の、特に買い切りのものは売れ行きがあまり良くなくなる。だからこその提案だったのだが……
「姉さん、だったら僕が店を見ておくよ。皆で回ってくればいい」
「……いいの?」
「うん。楽しんできて」
よく出来た子だ。エリシアは、その言葉に甘えることにする。
外出用のコートを羽織り、ポーチに一通りの手荷物を入れる。
「皆、忘れ物はない?」
「はーい!」
「じゃ、行きましょうか」
「行ってらっしゃい、姉さん」
この時までは、平穏だった。何気ない、お祭りの中。
エリシアも、セイルも。皆が。笑顔だった。
…………………………
「これ、2つちょうだい」
「分かりました。合計……ですね。はい。ありがとございます」
店番は特に変わりなく。
セイルは手際よく客を捌いている。そんな中で、一際目立つ格好の客が見えた。
「あぁ?こんなとこにも出店が…って、セイルじゃねえか!」
「バラムさん!」
目に入ったのは大剣を背中に背負った褐色の巨躯。
別れて以来、街でも出会うことが無かったのだがここで会えるとは思っていなかった。
「これぁ……装飾品か」
「はい、孤児院の皆で作ったものです。いかがですか?」
「俺の趣味じゃねぇが……女が好きそうだな」
バラムの推察通り。昨日は贈り物としても買われていたので今日はその時のための用意もしてある。
「ラッピングもできますよ?」
「そうだな…これも何かの縁だ。一つくれ」
「ありがとうございます」
丁寧に包装した氷の首飾り。それをバラムが受け取り、懐へとしまった。
「…にしても、セイル。お前ぁ…孤児だったのか?」
「まぁ…そうですね」
「あれだ、寂しかねぇのか?」
「妹は居ます。それに、家族のような人たちも」
「……へぇ……」
セイルは、疑問には思わなかった。
だが、見るものが見れば分かった。間違いなく今、バラムの雰囲気が固くなって─────
* * *
赤い光と、煩い声が鳴り響いた。
それは、緊急事態を知らせるために、各領地に仕込まれた魔道具によるもの。
『緊急連絡。緊急連絡。ブレイナ王国全土の避難区にて魔王軍が一斉蜂起。近くにお住まいの方は急ぎ避難を─────』
「なんだって…!」
耳を疑った。しかし、人波の喧騒で、現実へと引き戻される。
「…ほぅ…今なんだな」
「バラムさん!」
「あ…?なんだ?」
セイルは、自身も勇者候補生として動かなければならない。だから、今は目の前に居る人を逃がすことに専念する。
「北に向かって走って!孤児院があるから、そこを避難所に…」
「バカ言え。俺の剣がなまくらに見えるか?」
「…でも…」
「いいから行くぞ。魔族が攻めてくるとしたら…南だ」
確かにリードベルクから近い避難区はそこだ。言っていることは間違っていない。
それに、本人がやると決めたのだから…セイルが、否定することなど無いではないか。
「行きましょう!」
「案内は頼んだ」
バラムと、セイルは共に魔族と戦うために動き出した。
* * *
リードベルク付近の避難区にて
「奇襲は、迅速かつ全力で、急所に叩き込む。そう、急所…つまりは想定外」
今までの魔王軍が、敢えて避けてきたこの北の大地。確かに、資源地帯としての価値は無いに等しい。
だが、戦略的立地としては、理想中の理想。
攻めるも、守るも、どちらも可能な土地。
でも、かつての魔王軍はここを望まなかった。必要と、していなかったから。
「今は…何もかもが足りねぇからなぁ。悪く思うなよ?これは、戦争なんだからな」
また一人、また一人と捕虜にした人間たちに、異能を施す。
弱者でも、気を引くのには使えるだろうと考えて。
「今宵、魔王軍は復活する。そして…すべてが始まるんだ」
人間と、避難区に居たルナと同じ平和ボケしていた阿呆共を呼び起こす。そして、一つ命令を下した。
「リードベルクを落とせ」
有無を言わせぬ骸となった者達が、進軍を始めた。




