70話 お祭りデート
本格的に結灯祭が始まった。
賑やかさが、人々の笑顔が、空気が、それを伝えてきた。
「嬢ちゃん!これ一つどうだい!いまなら負けとくよ!」
「セイルの坊の彼女ちゃんかい?持ってけ持ってけ!」
「縁結びの指輪よ!これがあれば、大事な人との縁が守られるわ!」
まさしくお祭り。
本当の本当に始まったのだと、今一度実感する。
それはさておき…
「なんで私、セイルの彼女って思われてるの?」
「さぁ、なんでだろう?」
セイル自身も分かっていないらしい。
「若い男女が並んでたら皆想像しちゃうものよ」
「…一番に勘違いしてましたもんね。エリシアさん」
誰が言ってるんだか。
でも、言っていることは確かにそうなのかもしれない。
セイルみたく、真面目そうなのが私とは言え女の子を連れていたら……
「あの、エリシアさん」
少し背伸びして、エリシアの耳元にひそひそ声で話しかける。
「なあに?ルナちゃん」
「…セイルって、今まで友達を連れてきたりとか…」
「ルナちゃんが初めてね」
誰からも好かれるような少年が、ついに女を連れて帰ってきた…
そりゃ、勘違いされても無理はないか
「私は、お兄ちゃんとルナさん、お似合いだと思うけどね」
ルーシアの言葉は聞き流しておこう。今は、楽しむべき時なのだから。
あんまり深く考えてもしょうがないよね!
* * *
「ルナ、あっちにいきなさぁい。おいしそうなにおいがするわぁ」
「え、どっち?」
「あっちよあっち」
頭に乗って猫の手で指さされても分かるわけがない。
というか、ヨルは飛べるんだしいい加減自分で歩いてほしい。
「ヨル、降りて~」
「いやよぉ、寒い中飼い猫をほっぽり出すのかしらぁ?」
「うぐぐ……分かった。それで、どこ行きたいの?」
「右よ右。あっちの、裏路地に近いとこぉ」
「はいはい」
私とヨルは、二人だけで街を散策中だ。
孤児院の子供達とエリシアは、例の首飾りの販売のために奔走中。セイルはルーシアとお祭りを周っている。
正直、何度も恋人と間違われるのに流石に疲れが来たのだ。
それに、ルーシアだってセイルと二人きりで過ごす時間が欲しかっただろうし。
「えっと…ここ?」
中央から南へ進んだところ。他の露店からちょっと離れたところにポツンと出店が立っていた。こんな場所に出すなんて、一体誰が…
「らっしゃい。物好きなお客さん」
「…ロウ爺?」
「?あんた、どこかで会ったことがあるかのぉ」
見間違えるわけがない。こんな巨体で、褐色の筋肉質。
すっと名前が出たのがいい証拠だ。
「私です、ほら、セイルと一緒に店を訪ねた…」
「セイル?あぁ…エリシアのとこの坊か。なんじゃ、あいつ、帰って来とんのか?」
それなのに、どうしてかおかしい。ロウ爺はまるで、本当に今が初対面かのように会話を繰り広げる。
まさかボケてしまったのだろうか?結構な年齢に見えるからその可能性も否定できなくはないが…
「お前さん、うちのスープはいらねぇか」
「あ、えっと…」
「買わねぇならさっさと…」
「一つください!」
有無を言わせぬ剣幕に買わざる終えなかったが、ヨルが欲しがってた美味しそうの正体だろうし、良しとしよう。
「買うなら客だ。味わいな」
「ありがとう、ございます」
「ありがとうねぇ」
スープを受け取り、店を後にする。
並々ならぬ違和感を胸に残したまま。
* * *
「楽しいね、お兄ちゃん」
「あぁ…去年は帰れなかったから…なんだか新鮮だよ」
セイルとルーシアは、手をつないで人混みの中を歩く。
久々の二人きりの時間に、セイルもルーシアもどことなく安心感を覚えていた。
「学園、楽しい?」
「楽しいし…悔しい思いもした。だから僕は、もっと強くなれる」
「…そっか」
その言葉に、ルーシアの握る力が少し強くなる。
不安なのだ。お互いに唯一の肉親であり、大事に思っているからこそ。
そんな不安を拭うために、セイルはルーシアの手を一度解いて、向き直る。そして、二コリと微笑みかけたあと、グッとルーシアを抱き上げた。
「ちょっ、お兄ちゃん!?」
「安心しろ。ルーシア、僕は強い。まだ君をこんな風に持ち上げられるぐらいに」
「…私、軽いよ」
「じゃあエリシア姉さんだって、他の、皆も、ルナも……持ち上げていられるぐらい、強くいてやるさ。だから…ルーシアが不安に思う必要なんてない。寧ろ、必ず帰ってくるって、そう信じてくれればいい」
なんてクサいことを言う兄だと、ルーシアは思った。しかし同時に、最高にかっこいい兄だとも。
これが見栄っ張りでもなんでもない、本音で言っていることは十数年共に生きてきたルーシアは分かっている。
「皆を背負って、誰も争わなくてもいい世界を作る。それが僕の理想だ」
「……はぁ、お兄ちゃんはいつまでたっても変わらないね」
「どういうことだい?ルーシア」
「なんでもない。気にしないで」
気恥ずかしそうに抱えられたまま、ルーシアはそっぽを向く。
その頬は、少し緩んでいた。
* * *
気付けば辺りはすっかり夜。
屋台も次々と片付けを始め、人の波もゆっくりと家路へ向かっていた。
それでも雪灯だけは、まだ優しく街を照らし続けている。
「……そろそろ帰るかな」
帰路へ着き、祭りであったことを思い返す。
色んなスープに、アッツアツの串焼きや煮込み料理。
敢えての冷たいものには挑戦する勇気が無かったが、一通りは楽しんだと思う。
「疲れた…」
客室に戻って、ヨルと共にベッドにダイブ。
柔らかい感触が全身を包んでくれて、すぐにでも眠気がやってきた。
「…いけない、お風呂入らなきゃ…」
怠い身体を起こし、浴室を目指す。既に孤児院の中は静かで、皆各々の部屋で自由な時間を過ごしているのだろう。
服を乱雑に脱ぎ捨て、浴室の扉を開ける。
「…はふぅ……」
全身で、桶に溜めたお湯を浴びる。暖かい恰好をしていたせいで、結構汗をかいていたから気持ちいい。
石鹸で綺麗に身体を洗って、湯船へと足を踏み入れる。
「んひぃっ!」
……変な声が出るぐらいには、疲れていたのだ。仕方ない。仕方ないんだよ。
お祭りなんだし、ね。
「フンフフーン」
鼻歌を歌いながら、私は全身を快楽に沈めるのだった。
* * *
「…ルナはあの調子だしねぇ…私が、調べておこうかしらぁ」
一方で、有能な飼い猫は月夜の下で動き出した。




