67話 孤児院の朝
バラムは、大通りのど真ん中を歩いていた。
片手には串焼き、もう片方には酒瓶を持って。
真昼間から、いい酒と上手い飯。これこそが己の、二番目の生きがいなのだと実感し満たされる感覚に悦楽を覚える。
「さぁて…次はどこに…」
「おじさま、少しよろしいでしょうか」
明らかに目立ち、避けられていたバラム。そんな彼に声を掛ける猛者が一人。
女性はフードを深めに被って、素顔が見えない。明らかに怪しい。
何よりバラムは、その蜜のような甘ったるい声に興味を惹かれた。
「なんだぁ?俺を選んでくれんのか?まだ人生捨てたもんじゃねえなぁ」
「……」
バラムの言葉で、一瞬にして女の空気が変わった。身体の芯まで凍り付かせるほどの冷たく圧倒的なものに。
「悪かった悪かった。ついていけばいいのか?」
「…分かればいいんですよ」
女はさっさと要件を済ませるためか、路地裏へ向かって歩き出す。
バラムはその背を追って、一歩後ろを歩いた。
やがて、誰からも気にされないぐらいの奥地まで辿り着いたところで。
「!」
女が振り返り、バラムの方へ害意を向けた。
バラムの丸太のような腕が全身を使って絡めとられ、即座に体重をかけて逆方向へと体勢を崩させた。
「かはっ…」
「先の無礼はこれでチャラにしてやりましょう」
いい女だと、身に染みて理解する。全く、この世界は自分をいつまでも飽きさせない。
「お前、つえぇなぁ。今晩付き合えや」
「…」
冷たい目で見降ろされている。フードでは隠れていないが異能か何かで認識した直後に忘れるように細工されて顔が覚えられない。
残念だ。だが、バラムはその技、香り、肉付き全てを今この瞬間で頭へ叩き込む。
「俺に手ぇだしたんだ。今更無しってのは…」
「何やってんだよ、クソジジイ」
バラムの言葉は、耳当たりのいい男の声で遮られた。
* * *
「ルナ、…さい。ルナったら」
眠い…誰?というか寒…隙間風かな。お布団お布団…
あった。あったかい…でも、あれ?ちょっとちっちゃいし、なんだかひんやりしてるような…
「ルナ!いい加減になさい!」
「うひゃぁ!?何事!?」
耳元で叫ばれた声に、ようやく意識が覚醒する。
私は飛び起きて、その声の主へと視線をやった。
「あれ…?ヨル、なんでいるの?」
「ルナが呼んだんでしょぉ!なんで寒いところで呼び出すのよ!」
随分ご立腹な様子のヨル。寝ぼけて呼んでしまったのか。
ならば仕方あるまい。遠慮なく、布団代わりに…
「ルナ、起きてる?」
「…へ?」
控えめなノックと共に、セイルの声。
数秒、理解が及ぶのに時間がかかった。
そういえば私、お泊りに来てるんだった!
「ちょっと待って!」
急いで身支度を整え、階下へと向かった。
* * *
「ヨルちゃんっていうの?かわいいー!」
「見せて見せてー!」
「ちょっと、ルナっ!助けなさぁい!」
「ヨル、そのまま遊んであげてね」
朝食中。
早く起きて遊びたい盛りの少年少女達は、私が気になるのかひたすらに遊ぼうと声を掛けてきた。
何度も断るのも申し訳ないため、私はヨルを差し出すことに。せっかく出してあげたんだしね。
「猫ちゃん!」
「モフモフしてる!」
「ひんやり!」
「……」
ヨルは既に諦めされるがまま。大好評だし、ゆっくりご飯食べてていいかな。
「うん…スープが染みる…」
「それはよかったわ。…うん、今日のもいい出来」
対面に、エリシアが座る。まだ朝だからか、髪を結んでおらず腰まで伸びている。そのせいか、一層大人びて見えた。
「おはようございます、エリシアさん」
「えぇ、おはようございます。ルナさん」
互いに挨拶をしつつ、スープを喉へ通す。
この地方では、朝食はスープをよく出されるらしい。
なんでも、まだ流通が整っていなかった頃は当然麦が取れるわけもなく、パンが貴重だった。だから、代わりに野菜や芋、そのほかにもいろんな具材を溶けるまでじっくり煮込んだスープが好まれていたことから始まったんだとか。
実際、いろんな味がして…あったかい。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様。そうだわ、ルナさん」
エリシアが、思い出したかのように口を開く。
「セイルは早くから祭りの準備を手伝っているの。ルナさんもよかったら見に来ないかって」
「行きます!」
身を乗り出して答える。
セイルの話でお祭りがあるのは聞いていたし、絶対に行きたいと思っていた。
こんな機会、二度とないだろから。
「ふふ、そう。なら、外にいるセイルに声を掛けて来るわね」
その間に私は準備を、ということか。急いで食器を片し、厚手のコートを手にして私は外へと出た。
おっと、飼い猫はちゃんと見張らないとね。
「許さないわぁ…ルナ」




