64話 旅の縁
「はっはっはっ!!邪魔して悪かったな!坊主!」
狭い馬車に、野太い笑い声が響く。
「いっ、いえ…お構いなく…それと、セイル・ルミナスです」
「セイルたぁいい名前だなぁ!わっはっは!」
バシバシと、笑いながらセイルの背中を叩くおじさん。どうやら気に入られてしまったらしい。
たったの数回しか言葉を交わしていないはずなのに何が見えたのだろうか。
「俺はバラム。呼び捨てでいいぜ。セイルと……そこの嬢ちゃんは?」
おじさん、改めバラムは、熱くなったのか上着を脱ぎながら問うてくる。随分上等なものを着ていたようで分からなかったが、褐色の肌にはかなりの筋肉が付いている。
少し目移りしてしまったが、私はバラムに向き直り、名乗る。
「ルナ・メモリアです。バラムさん」
「あ…?ルナ・メモリア……嬢ちゃん、どっかで俺と会ったことあるか?」
一瞬、ほんの一瞬だが目が見開き、声音も低くなった。
ただ、そういわれても私には彼との面識は記憶にない。首を横に振って、答えた。
「いえ、初対面だと…思います」
「んぅ…?そうかぁ?ま、いい。些細なことだな。がっはっは!」
ほんとに、絶対会ったことない。こんなに個性的だったら忘れるわけがないのだから。
* * *
バラムが合流してから、数時間。時刻は既に日が暮れていきている。
今日はリードベルクから一番近くの街であるベルナールに滞在予定だった。
「私達はここで降りますが、バラムさんは?」
「おう、じゃあ俺もここまでだ!セイル!一緒に飯でもどうだ?」
「ぜひ」
道中で知り合った人と食卓を囲む。こういうのも旅の醍醐味だろうか。
私も是非にと、バラム、セイルと共に街中へ繰り出した。
…………………
宿を取り、荷物を置いてから街の酒場へ集合。
「旅の縁に、乾杯っ!」
バラムの音頭で、私とセイルもグラスをかち合わせた。そしてググっと、一気に中の液体を喉へと流し込む。
「つめたっ…」
「だがエールはこれがいいんだろうがよぉ!」
「なんだか、今日はいつもよりおいしく感じる」
バラムもセイルも楽しそうで何より。次は暖かい飲み物頼もう…
飲み物はさておき。北部の料理はどんなものなのだろうか。
グツグツと煮えている茶色の塊を、フォークで突き刺し口に放る。
「あふっ!?」
「気を付けて。ここらだと、どれも熱くするから」
「さきにいっへよ!」
「ごめんごめん」
そう言いながら、笑うセイル。
むむぅ……これ、わざと、黙ってた?
「あっちぃなぁ!でも、うめぇ!」
バラムは一口で食べ切り、それをエールで豪快に流し込んでいる。
なるほど、飲み物が冷たいのはそういうことか。
「今度は慎重に……」
フゥフゥと、熱すぎて分からなかったがお肉らしきそれを冷まして口に放る。
「……!おいし……」
1口噛めば肉汁がじゅわっと広がっていき、口の中を肉の旨みが支配する。
その勢いのまま、ググッとエールを飲めば絶妙な苦味で脂を調和し、より良い音色を奏で…………
「北部の料理って、こんなに美味しいの?」
「寒い中、働けるようにするためだよ。熱くて、腹持ちがいいものがよく使われててね。最近だと、辛味を感じるスパイスなんかが人気なんだ」
確かに、ソースを付けてみたけど少し辛いかも。
でも、これはこれでありだね。私は辛いの平気だし。
「それにしたってよぉ、ルナ、すげぇ食いっぷりだなぁ!」
「普通だよ普通。食べれる時にしっかり食べないとじゃん?」
「そりゃそうだ!がっはっは!」
ちょっとアルコールが回っているのだろうか。ただでさえ陽気なおじさんだったバラムが1層饒舌になっている。
明日もあるのだから、私は控えないと。
「……ご馳走様」
「あれっ?ルナ。足りたの?」
「うん、大丈夫」
満たされたとは言えないけど、十分だ。早く宿に戻って寝よう……
キュルルルルル…………
頼りなく、私の腹の虫が鳴いた。
「……」
「えーっと……ルナ。良かったら、もう1杯頼むかい?」
「…………うん」
食欲にだけは、逆らえなかった。




