6話 抱き枕NG猫
数分後、互いに卓へ着き、これからの事を話すために対面していた。が…
「うー…臭い…」
「すっ、すみません!匂いますかね」
しまった、口から溢れ出た。ルリエナが慌てた様子で自身の服の袖を嗅いでいる。
「あ、いやいや…ルリエナがじゃなくて…その…分かるんだよ。死の匂いっていうのかな」
「?」
きょとんとした顔を浮かべるルリエナ。
「私はね…人を殺した数、血を浴びたり、逆に殺されそうになった経験とか。その類のものが匂いになって感じ取れるの。だから…」
信じられないがルリエナを見据えて問うことに。
「その、ルリエナは相当数…殺してる、よね?」
「凄いですね、そんなことまで分かっちゃうんですか」
そんなことって…可愛い見た目で言うことじゃないよ…
というかヴェルトよりも濃くその匂いがするし…とんでもないんだけどほんとに。
上手くやって行ける気がしない。
「窓開ければなんとかなります?」
「…いや、いいよ。そのうち慣れると思うし」
「そうでしたか。では、そろそろ本題に入っても?」
立ち上がろうとしたのを座り直し、再び正面から見つめられる。
私が頷くと、ルリエナが続ける。
「まず、承知の上でしょうが…私は軍師殿の協力者としてここへ来ました」
「やっぱり…」
「そして、軍師殿。貴方の任務を伝えること。それが初めに命じられたことです」
なんでわざわざそんな遠回りをしたのかは分からないが…今はいいだろう。
「それで…その、任務は?」
これがどういうものかでこれからの学園生活は変わってくる。
「はい、軍師殿に課せられた任務は…」
一拍を置いて、ルリエナが口にする。
「『本物の勇者』についての情報収集です」
「…本物の、勇者?」
聞きなれない単語に、首を傾げる。
「私も詳しいことは分かりません。ただ兄様は、それを知りたいと」
「…そう」
詳しいことは私にも言わない。そういう事なのだろう。
まぁ、そういう約束でここに来たからね。私は私でやりたいようにやらせてもらおう。
「任務については分かったよ、ありがとう」
「いえ、必要であれば私も手伝います。どうぞ気軽に」
分かっていたけど、中々な無茶ぶりをしてくれるなぁ…ヴェルト。
* * *
「私も今日は色々と動いたので…その」
と言いながら、ルリエナが浴室へ向かった。
完全に入ったのを確認してから、私はずっと見ていたであろう彼女を呼ぶ。
「ヨル、ヨル、起きてるよね?」
「なぁに、ルナ。もう寝る時間じゃない?」
「まだまだだよ…ねぇ、聞いてよ」
出てきたのは継ぎ接ぎ模様を持つ金目の黒猫。
私が唯一好き好んで扱う『死者』でもあるヨルは、眠たげに欠伸をして喉を鳴らした。
「…疲れた。思ってたより」
「悪くはないかもって言っていたと思うけどぉ?」
「それはそうなんだけど!なんというか…いつバレるか分かんないし…目的も不明瞭だしで不安なの!」
私、案外繊細なんだぞ。こうやって愛猫に抱きつかなきゃやってられない。
「じゃあどうしろってのよ」
「…このまま抱き枕になって」
「いやよ暑苦しい」
無慈悲だ。ヨルはするりと猫のような動きで腕の中から抜ける。
そしてべーっと舌をチロりと見せつけて言った。
「後先考えず話しかけたりするのを辞めたらいいじゃない」
「それじゃ来た意味が無いでしょ…」
「ほんとは人見知りでこんなにへにゃへにゃなのに、よく頑張るわねー」
「うぐぅ」
完全にノックダウン。それは言わない約束じゃん…
そんな私の頬にテシテシと肉球が。
「気に病むことないわぁ。あんたがそうなのを知ってるのは私達だけ。あの陰険男や澄まし顔にもバレなかったでしょう」
例にあげた2人が誰なのかは触れないでおこう。
ヨルなりの励ましはかなり有効だった。
「…明日も、頑張る」
「そうしなさい」
「やっぱり、ヨルは優しいね」
再びぎゅぅっと抱きしめる。冷たいはずなのに、どこか温もりを感じる毛並みに顔を埋めた。
「はぁっ…暑苦しい」
そういうものの、ヨルはしばらくそのままで居させてくれる。
やがて眠気が訪れ、私はそのままベッドへ倒れ込む。
慣れない環境。慣れない人間関係。慣れない任務。
疲れていたのだろう。意識はすぐ、深い闇へ沈んでいった。
* * *
──その夜。
静まり返った勇者学園のどこかで。淡く青い光が、一瞬だけ灯る。
それはまるで、遠く離れた何かへ応えるように脈打ち、揺れて…
そして、消えた。
まだ誰も知らない。
長い歴史の中で幾度となく繰り返されてきた『それ』が、再び動き始めたことを。




