57話 最後の策
痛みは無い。ただ、喪失感と倦怠感が延々と身体を蝕んでいる。
(これが、ルナちゃんの異能)
魔力を吸い取る力。ユノはようやく納得する。これまでの策に使った魔力量は、簡単なものとはいえ馬鹿にならないのだから。
(早く、抜け出さないと…)
ユノの魔力総量自体はそう多くはない。効率よく扱うことで、立て続けに上級相当の魔術を扱えていた。しかしこうなっては、寧ろそれが仇となっている。
効率の良さなど見向きもせずに、強引に全てが奪われていく。抵抗もできぬようにとユノを拘束して。
(…回復が、追いつかない…!)
ユノの異能は単純な魔力の回復効率を良くするだけというもの。魔術を使いたいユノとしては嬉しいものでも、世間的に見ればハズレの部類。
実際、今でさえ役に立つことはなく減っていくばかり。
(…あれ?)
視界が、ぼやけた。ピントが合わない。
ユノは思い出した。魔力は、人の生命力に直結するのだと。だから枯渇した時は吐き気を催すほどに苦しむんだと。
暗い。
(このままじゃ…)
暗い。暗い。暗いくらいくらいくらい。
(怖い)
まだ見える、視界の端で生命を思わせる緑の光が闇を照らした。
今までユノは、これが自分の限界値なのだと定めていたし、実際にそうだった。
しかし、ユノの異能『命脈』の本質は「生きたいというただ純粋な願い」。それは死が近付けば近付くほど、より強く、鮮明になる。
ユノ自身も、視界が若干戻ってきてやっと気付いた。
(…回復、してる…)
ルナが魔力消費を抑えるために少し出力を下げたのもあるが、ユノ自身の変化が最も大きかった。
塔内に仕掛けられた大量の魔術式。その残りカスや、その他物体。付近にある全ての魔力を持つものから魔力を貰い供給される。
それもこれも、ユノを生かすために。
(……ルナちゃんも、消耗してるはず。どうすれば、ここから抜け出せる?)
魔術で、ルナを狙うが闇が食らう。威力の問題だろうか。そもそもとして、魔力を練った時点で引っ張られる感覚があったため魔力は意味を為さないのかもしれない─────
(そもそも、ルナちゃんはどうして部屋を真っ暗にしてたの?)
奇襲を狙ってたのなら、ユノが入ったときに話しかけてきたのはおかしい。だから…そこに、鍵があるはず。
考えている余裕はない。残りの魔力を使って、再び魔術を行使する。
「っ、まぶっ…」
使ったのは照らすだけの魔術。攻撃の意図はなく、魔力の塊は明るくその場で輝いた。
闇は負けじと光を食おうとしたが、それよりも先にルナの方が崩れた。
闇の世界が、バリンと音を立てて壊れていく─────
* * *
「はぁ…はぁ…」
身体が、重い。魔力を酷使し過ぎたのだ。当然のこと。
「ふぅ…ふぅ…えほっ…けほ…」
ユノも満身創痍。でも、先ほどよりかは顔色がよくなっている。
「…なるほど、地味だけど強い…」
すぐにその理由は思いつく。ユノらしい異能だと感心してしまった。
互いに息を整え、視線が交錯する。
時間は掛けられない。最初に大きい一撃を与えたのはある意味正解だったのだ。
だが、次の一撃はもうない。最後の一手、これが通じなかったら私は─────
「策士の末路としては嬉しいものだよ。全部をちゃんと踏んで、突破されるんだから」
こんな機会、次いつあるか分からない。最後まで楽しもうじゃないの!
……………………
互いに、呼吸が静まって、しばらく見合って……
また、私から動く。
距離を詰め、射程圏内を目指す。当然ユノが許すわけもなく、魔弾が私に向けて放った。
月食を使うか?いや…ここは!
「『月速』!」
明るみである以上、大した効果はない。それでも身体能力強化程度の出力はある。
瞬間的に私は加速し、一瞬でユノとは触れ合える距離まで詰め寄った。
「あ…」
「正真正銘、これが最後っ」
それは、塔に配置する際に余った一つの魔術式。堂々と前面へ押し出して、起動する。
……ドカン!!!!
* * *
全身に、熱と衝撃が襲い掛かり、背中が壁に打ち付けられた。
「いてて……」
ユノはどうなった?不意は突けたはず。防御魔術は間に合ってないと思うのだが……
魔力が切れ、重くなった身体で這いずり、ユノを探す。
部屋の至る所で瓦礫の山が出来ており、時計塔の原型は既に失いつつある。窓が割れているため、もしかしたら外に出たのかも?
あれだけの爆風だ。そうなってもおかしくは無い。
「…見たとこ、結界が閉じてないから無さそうかな」
瓦礫の山に近付いては、人の気配があるかを確認していく。
そうして、数分が経った頃。
ガラリ……。
と、1つの山が動いた。
私はすぐさま駆け寄り、瓦礫を退かしていく。しばらくすると、向こうからも動きがあった。
押し出すような、硬い壁。これは……防御魔術?
「ユノっ!」
「……ルナ、ちゃん?」
瓦礫の隙間から、顔が伺えた。まるで、今目を覚ましたみたいだ。気絶していたのかもしれない。
それでもなお、防御魔術を発動して身を守っていたとは。なるほど、これなら終わらないのにも納得だ。
「まだ、立つ元気はある?」
「うん、なんとか……」
指を動かせば、魔力が働き瓦礫をどかして抜け出した。
ありゃ……これは……全部、突破されたってことになるかな。
「先生、私、リタイアで」
手を挙げ、奇跡的に無事だった放送用の魔道具へと告げる。
「え……?」
『ルナ・メモリアのリタイアを確認した。よって─────只今をもって、ユノ・セルディアの優勝だ!』
「え……?」
「優勝、おめでと」
最後の放送が流れても、ユノはポカンと口を開いて呆けていた。




