49話 策士策に溺れて
「ふぅん…どこも、動き出したみたいだね。ユステス」
「あぁ、メモリアの策には驚いた。ありゃ実戦経験がある兵士といい勝負をするんじゃねえか?」
「そうだね。それに……発現したばかりには思えないな」
「そうか……?まぁ、それはどうだっていいだろ。こいつはなんだ?エリック」
魔道具が映し出している複数の四角形。
それぞれに、現在の対抗戦の状況が実際に動いて、見えている。
「新しい魔道具さ。まだ試運転中だけどね」
「ほぅ…?こんなもん作られてるなんざ、聞いた覚えがないが?」
「それはセルディア君が作ったものだからね」
その言葉を聞いたユステスは、思わず口をあんぐり開けて固まる。
「ま…じ…でか?」
「ビックリだよねぇ、頼んでみたらやってくれたんだもの」
「バカかてめぇ!こんなもん、ガキに任せることじゃねえし、魔術会が黙っちゃいねぇぞ」
声を張り上げエリックにキレるユステス。言葉の粗さとは裏腹に、ユノへの心配が見えるのが少し面白い。
「才能の原石を放っておくべきじゃない。そう言って、彼女を拾ったのは君だろう?」
ユノは元々西部の貧民街出身。だが紆余曲折を経て、ユステスの推薦で学園に通うことになった生徒だ。
だから余計に心配なのだろう。険しい顔が台無しだ。
「そう、だがなぁ…」
「なぁに、心配は要らないさ。何かあれば僕がいるんだからね」
「…お前が言うと、納得しちまう自分が嫌だわ」
「素直じゃないねぇ」
「うるせえ奴だな」
教師達の驚きは、この程度に留まらなかった。
* * *
まず分かったこと。こいつは…透明人間だ。
「おっと…」
空中から降り、着地のタイミングでよろめく。私はその隙を逃さず狩ろうと、風の魔術を放った。
「隙あり!」
「あぶねぇなぁ」
ドプン、と地中へ沈んでいく。まるで、そこに実体が無いように。
十中八九相手の異能による効果。仮に『透過』として考える。
物理も魔術も当たらない。そこも痛手だが、問題ば二つ。
・どの程度その状態でいられるのか。
・その状態でこちらに干渉できるのか。
普通に考えれば強すぎる。だから、何かしらの制限があるのは間違いないだろう。例えば、魔力の消費量や時間制限だったり、異能自体の危険性。
この世界に生きている以上、その理から外れることは不可能だ。
「…攻めてこないの?」
「また挑発か。いいぜ、乗ってやる」
声と共に、地中から飛び出る。勢いそのまま、私の目の前まで移動して、拳を構え─────
「まずは、一つ目から潰す」
異能発動中に、こちら側へ干渉できるのかを知りたい。だからここはあえて…一撃貰おうじゃないか。
腹部への打撃。一瞬、胃の中身が全部吐き出してしまうんじゃないかと思ったほどの威力。
「あ?」
なぜ防御もしていないのか?そう言いたげで…隙だらけだ。
私はがっしりと、その伸びた腕を掴んだ。すり抜けない、実体のある腕を。
「殴る瞬間は…消えられないんだね」
「なっ……お前…」
「それじゃあ、一個目の手札…切らせてもらうよ」
先ほどの衝撃。それを『月食』に溜めて放つカウンター。ヨル以上の出力が出せない私なりに考えた方法の一つ。
衝撃がそっくりそのまま跳ね返り、クロウェンは勢いよくぶっ飛ばされる。
「かはっ…」
ゴロゴロと転がり、露店にぶつかり屋台ごと破壊。しばらくして、ようやく留まった。
「このままっ」
追撃を、と念のために風の魔術を放ち、そのまま距離を詰める。
「あれ…」
いない。確かにこっちに飛ばしたはず…
「お返しだ」
まずった。そう理解した時には既に足首が地中から飛び出た手に掴まれていて─────
私の視界に異変が生じた。
* * *
ゴボゴボゴボと口元から空気が零れ出る。
ここはなんだ。真っ暗で、何もない。
水中に近いものを感じたが、浮かぶことは無く延々と沈み続けている。
息も段々と苦しくなってくる。吸おうとしても、上手く息が吸えない。ずっと、吐き出してしまう。
このままじゃ…死ぬ。
「終わりだ」
耳元で告げられる声に、私は…首を振って、否定する。
きっとこれが彼の切り札のようなものなのだろう。なら、打ち破ってしまえばそれまでのこと。
落ちていく中。全力で考える。
恐らくは、相手の異能、それの応用か。発動条件は触れること?
対象を『透過』させているんだろう。そしてこの『透過』自体には際限が無い。ずっとずっと、落ちてしまう。
「………まだ、終わってないから」
私は、焼けるように熱い光を手に灯して…言う。
「全部壊す、力を貸して。ミア」
ここに月明りは無い。しかし代わりとなるもので再現してしまえばいい。
案外、死霊人形達の異能の発動条件は曖昧だ。それを抜け道として私は活用する。
ピシリと、耳に残る破壊音が響く。ピシリ、ピシリ、ピシリと目の前に映る光景に、ひび割れ跡が入ってきて─────
バリン。
…と、文字通り、全てを破壊した。
* * *
「全く…とんでもないやつが入ってきたもんだ。ま、倒す手間が省けて…」
そう、クロウェンが言った、まさにその時。
ゴゴゴゴと、地中から何かが迫る音がして…
「嘘だろ…?」
「嘘じゃないよ…!」
ルナ・メモリアはそこに現れた。
「ちっ、まだ隠し玉が」
「どうだか…ね!」
風の魔術。安直だ。もう何度も放ち、すり抜けられているというのに。
クロウェンは、余裕の笑みでそれを自身の肉体に透過させた。案の定、風は奥の露店に着弾し、破壊する。意味のない、魔力の無駄遣い。
「あっ…」
「何呆けてんだぁ!」
経験の差だ。ルナは絶好のチャンスを逃した。きっと、つい先ほどのもので策も最後。自分は全てを乗り越えたのだと…クロウェンは、思った。
思い込んだ。ルナが、微笑を浮かべていることにも気づかず。
* * *
私は、真っ直ぐに仕掛けてくれることに賭けた。そうでなければ…ずっと逃げられて終わりだっただろうから。
右手を走らせ、空中に『それ』を撒いた。
「あ…?」
「これ、なーんだ?」
クロウェンの顔が、引き攣る。
もう遅い。振りかぶって、構えたんだから自身に触れることは間に合わない。
直後、魔術式の最後の一節が完成し煌めく爆発が起こる。爆破は連鎖し、業火となりクロウェンの身体を燃やし尽くす。
「……策士を屠るなら、まずは口を閉じさせろってね」
決め台詞の様に言ったものの、既にクロウェンの耳には届いちゃいなかった。




