40話 残酷な選択肢
セイルとの話が終わって、寝た後。私もセイルも起きて顔を合わせたのだが……
未だに気まずくて言葉を交わせずにいた。
勢いのまま言うべきだって思ったことを言ったらこんな風になるなんて!
セイル……怒っては無い、よね?さっきもありがとうって言ってくれたし。
「よしっ」
パチンと、となりでセイルが自身の頬を叩く。そして、私の方へと向き直る。
その顔は先程とは違って、いつものセイルだ。
元気そうで、笑いかけてくれて、優しい。そんな雰囲気を漂わせている。
「悪いね、ルナ。時間をくれて、色々気付かせてくれて。お陰で目が覚めた。今自分のすべきことも分かったよ」
「整理がついたなら、よかった」
互いに笑みが零れる。
遭難中だと言うのに、なんだか楽しくなってくる。
初めてセイルとぶつかって、でも初めてセイルの本音を知って。改めて、色々あった夜だった。
そんな夜も、もうすぐ明けてくる。そうなればこの時間は終わり、私達は洞窟から出て学園を目指すのだ。
「ちょっと早いけど、準備を……」
ガタリ。
「!?」
洞窟内が、大きく揺れた。互いの身体を支えつつ、何が起きているかを確認─────
「ひっ…!」
ぎょろりと、薄暗い空間で『目』が見えた。
「ルナ、どうし……た……え?」
私もセイルも、思わず素っ頓狂な声を漏らした。
その原因、目の方へと、視線をやると……
夜空に煌めく深紅の鱗に、全てを照らす太陽のような橙の瞳が目に映った。
……赤龍だ。でもなんで、こんなところに?
普段は人や魔族には干渉しないし、できない。龍は遥か上空に巣を作っているものだと、聞いたことがあるのだが…
「ルナっ!」
「っ!」
セイルの声で思考が中断される。今はどうしてなんて言っている場合じゃない。すぐに、ここから離れなければ。
踵を返し、セイルに手を引かれるままに走り出そうとした、その時。
龍は大きく口を開き──怒りを込めた咆哮が、大地を揺らした。
* * *
まずいと、そう感じた時には既に遅かった。狭い洞窟内は、言葉通りに揺らされ、天井が少しずつ崩れてきている。
このままでは、逃げ場が無くなる。今すぐに逃げなければ
『ガァァァァァァ!!!!』
唸り、それに伴うように熱を感じた。
まさか…息吹!?こんな狭いところで!?
「させないっ!」
水の魔術で作り上げた複数の水の弾丸。それらで喉と、目に狙いを付け放つーーー
『ギャァァァァァ!!!!!』
数発が着弾。やはり赤龍には水属性の魔術が有効なようだ。
これで、息吹も…
「まずいっ、ルナ!こっちだ!」
「へ…」
『ゥゥゥゥゥゥ……ァァァァァァァァ!!!!』
先ほどまでと違い、攻撃に対する明確な敵意を込めた咆哮。
それが意味するのは…
グイッと、腕を引かれそのまま端へ倒れ込み…一瞬遅れて頬を引き裂かんばかりの熱を感じた。
「絶対離れないで!」
「セイル…!」
状況を落ち着いて、判別する。
セイルのお陰で息吹が致命になることはなく、今なお防御結界で防ぎ続けている。
そろそろ龍も息吹が止まりそうだ。勢いの衰えがそれを示している。なら…好機だ。
「セイル、10秒稼いで」
「…分かった」
有無を言わず、すぐさま動き出す時間となる。
息吹が、止まった。
私は先ほどの水弾を、さらに大きく、それを何個も作り出していく。
「はぁぁぁぁ!!!」
セイルは勇猛果敢に声を上げながら、剣を構え地を踏み抜いた。
言葉通り大地を割り、私では目で追えないほどの速度で龍へと肉薄していく。
『ゥゥゥゥ…!!』
龍は息吹を放った反動か動きが鈍い。それでも、威嚇は止めず、ギラギラと血走った視線には思わず固まってしまう。
「その程度で怯んでいたら…勇者にはなれないだろう?」
両者の視線が初めて交わる。
『ガァァァァ!!!!ァァァァ!!!』
龍が、先に動き出した。人など簡単に殺せそうな凶爪が、セイルに狙いを定め振るわれる。
セイルは今まさに、龍の喉元へ飛ぼうと踏ん張っていたところで龍からしたら抜群のタイミングである。
それは、セイルからしたら最悪とも言えるわけだが。
「セイル!!」
「手を止めるな!」
ガキィン!!と、金属がぶつかる甲高い音が鳴った。
セイルはギリギリのところで剣により爪を防いでいる。
一安心、しかしすぐに切り替える。セイルは粘ってくれている。今度は私の番だ。
展開した水弾を一斉に、かつ集中させて放つ───
狙いは喉。とにかく息吹だけは使わせる訳にはいかないのだ。
「激流渦巻く波動!!」
命中。命中。命中─────
『ギャァァァァァァ!!!!』
少なくとも構えていた全部が最低でも胴体には命中した。確実に、効いているはずだ。
龍は体制を崩し、後ろから今にも倒れそうだ。押し切れる。
……油断はしない!
「これでっ、とどめ───」
また同じように魔力を練った。が……目の前の光景で、思考を中断し私は駆け出していた。
龍の倒れていた方の影に、それが見えた。
「セイル!セイル!しっかりして!」
セイルが、頭から血を流し倒れている。見れば胸に痛々しい裂傷が。
間に合わなかった?それとも、相打ち覚悟でセイルを?
「ル、な……にげ……」
「セイルも!」
肩を担ぎ、洞窟の外に─────
「あぁ……くそ……」
『ゥゥゥゥ…』
「あ─────」
* * *
背中が熱い。痛い。痛い…熱い。どっち……?
どっちでもいい。
一瞬、気を失っていた。今……どうなってるの?
セイルは……生きてる?龍は─────私は?
「…ルナ、また、迷惑を掛けたね」
セイルの声。よかった、まだ生きてるみたい。
私の方は、少し起きるのに時間が掛かりそうだ。どうにも、力が入らない。
『ァァァァ!!!』
咆哮。龍もまだ、存命のようで……セイル、一人で立ち向かってるの?
立たないと。セイルが、今度こそ……居なくなっちゃう!
動いて、動いて、お願い……
グシャリ。
嫌な音が、耳に入る。少し遅れて、水袋が弾けるような音がして……
「あ、あぁ……まだ、ダメなのか」
すぐ隣に、生暖かいものを感じた。
…………
ゆっくりと、身体を起こす。
不安定な視界で、状況を……確認する。
すぐ側には、セイル。寝ている。寝ている……だけじゃない。彼の腹部からは、見るのが嫌な程に血が溢れ出している。
放っておけば死んでしまうと、誰の目から見ても明らかだった。
「……」
どうすれば良かったのだろう?やっと、初めてセイルの本音を知れて、これから、彼の成長を傍で見守るのだと思っていたのに─────
もはや、選択肢は残されていない。
龍はまだ私が生きていることに気づいちゃいないが、魔力を使えばすぐに、バレる。逃げることも、不可能だ。
「やだ、やだ、やだよ……嫌だ……」
ポロポロと、大粒の涙が頬を伝う。
残された選択肢が、ひたすらに主張し続けている。
でも、その選択は─────
私とセイルのある種の別れを意味する。
「やだ、そんなの……」
目の前の不運に、手放しがたい幸福に。
どうすれば良かったの?と問い続ける。問い続けても……答えは一向に出ない。
『ァァァァァ!!!』
まだ生きていることに気づいた龍が、私に向けて、喉を鳴らし出した。結局、私達の攻撃など意に介して居なかったのだと理解し、さらに絶望する。
遂に迫った選択の時間。龍の息吹が、セイルもろとも私へと襲い掛かる。
………………
「セイルが死んじゃうのは、もっと、やだぁ……」
ごめんなさい。ごめんなさい。黙っていて、ごめんなさい。わかった風に寄り添って、ごめんなさい。
ごめんなさい。でも、でも……私は、貴方を死なせたくない。
「ごめんね……」
私の月と鎌の紋章が、深紅に輝いた─────




