39話 なり損ない、それでも憧れて
パチパチと…火花が散った。
「うぅ…寒…」
「もう日が暮れてきてるからね…仕方ないよ…」
私とセイルは、薄暗い洞窟のような場所で、互いの身体を可能な限り寄せ合い暖を取っていた。
なんとか火は着けたものの、夜が明けるまで持つか怪しいところだ。
「寒いけど…上着は脱いだ方がいいかも。余計に体温が下がるし」
「僕は構わないんだけど…ルナは?」
「仕方ないでしょ」
今は恥ずかしだのなんだの言ってる場合じゃないのだ。
死ぬか生きるかである。
偶然にも滝壺の深いところに落ちれて、更には陸地にたどり着けた。それだけでも幸運なのだからもはや文句は言うまい。
「分かった。じゃあ…」
セイルが先んじて、上着を脱ぎ出す。私もそそくさと後ろを向いて脱いで、絞っておく。
焚き火の近くに置いておけば朝には乾くだろう。
「はぁ…」
「…」
ため息ひとつでさえ、響いてしまう。そんな空間だと、もう慣れたはずのセイル相手でも、どうしてか胸が高鳴っている。
いつもと環境が違うだけで、こうも単純に変わってしまうものなのだろうか。
「ねっ、ねぇ、セイル」
「なに…?ルナ」
落ち着かないから声を掛けたのだが、何を話すか決めちゃいなかった。
うーん……何か話題……そうだ。さっきの…
「さっきの、魔獣相手にどうして一人で囮を引き受けたの?」
あの時は、恐らく霧のせいで正しい判断が出来ずに見送ってしまったのだがセイルは違っていた。
正しい判断の上で、残ると決めていた。
はっきり言って無謀だろう。
「どう考えても、皆で逃げるか、立ち向かうかだったと思うんだけど?」
「僕ならやれると、驕っていだだけだよ。助けに来てくれたルナには感謝しかない」
心底申し訳なさそうに、顔を覆って言われてはこれ以上責めれない。
それにしても、セイルの言葉は何処か引っかかる。まるで、何か隠しているような気がしてならない。
「……」
「……」
また沈黙。次の言葉をどう言うべきか、頭の中でぐるぐると思案する。
「……ごめん、嘘だ」
「えっ?」
先にセイルが口を開く。それも……先の言葉を否定するものを。
「本当は……チャンスだって、ほんの少しだけそう思ったよ」
「チャンス…?」
「うん、勇者になれる資格を得る…ね」
勇者になる資格……つまりは、『異能』のこと。
それが無ければただの1人の兵士でしかない。
「だからって……そんな……」
「ルナには分からないよ。いや、ルナだけじゃない。きっと誰にも理解されないよ。僕がどれだけ、勇者になりたいか」
その目は、その口調は、まるで別人かのように、どこか遠いものを見ている。
「ルナになら、いいかな」
俯き、呟く。セイルの顔はどこか躊躇っていて、でも、何かを決意しているみたいで。
「少し長くなるんだけど──────」
また一間空けてから……語り出す。
彼の、原点たる真意を。
* * *
「きっと誰も信じない。皆、笑ってしまうようなことだ」
そんな、セイルらしからぬ自虐から始まった。
……見たことない顔だ。
「学園祭の時に会った……いや、会ってはいないんだっけ?僕と、ルーシアの面倒を見てくれたお姉さんが居てね」
「うん」
「その人……北部の、辺境の領主なんだ。でも、孤児院も経営してて、僕はそこで育った」
初めて語られるセイルの生い立ち。両親が居なかったこと自体、予想だにしなかったが……
きっと、そのお姉さんもいい人なのは、セイルとルーシアを見てきたことから察せる。
「いい人でね、今にして思えば……僕の、最初の憧れの人だったんだろうな」
まるで独り言のように、その時を思い出しながら、紡いでいく。
「ルーシアが転んで、擦りむいて泣いた時。彼女はどうにかしてルーシアを笑わせていた。街の人が困っていたら、自分じゃ無理だと分かっていても立ち向かう。相当なお人好しだよ」
「それを……セイルが言うの?」
「分かってる。さっきも言っただろう?僕はお姉さんに憧れて、今こうしているんだ」
憧れ、というより今のセイルを形作った人と言うべきか。そんなセイルがお人好しという程だ。よっぽどなのだろう。
「自覚したのは……今だ。けど、きっと……その背中は、ずっと追っていたんだ。孤児院じゃ皆の兄として頼られて、街の人をお姉さんと一緒に手伝って」
でも、と続く。
「結局は真似事だったんだよ」
言葉は小さく、捻り出したように。重く、苦しそうなその表情は、想いは、私にまで伝わってきた。
「僕は、『勇者』という幻想に憧れただけの、なり損ないだ。そうじゃなきゃ……あの場面で、もしもなんて願わない。自身の全てをもって立ち向かうべきだ。その、はずなんだ……」
言葉が途切れ、暫しの沈黙。
私は、セイルの言葉を受け止めるだけで今は精一杯だった。
これが、セイルの本音。今まで誰にも……ルーシアや、そのお姉さんにも言ってこなかったこと。
(私には、初めから全部持っていた私には分からないことだ。でも……)
「……情けないところを見せたね」
弱くて、みっともない。でも、人間らしい。そんな部分を見せられて、見せてくれるほどに信頼されていると知って……
「そんなこと、ない」
「え…」
(寄り添うぐらいは、出来る)
気付けば、私はセイルの言葉を否定していた。
* * *
勝手に動き出した口に驚いたものの、次の言葉はすぐに出てくる。
「私は、情けないなんて思わない」
「ルナはそうかもしれない。でも……僕は弱くて、勇者になれるような奴じゃない。それは事実だろう?」
「事実、かもね。でも、それでも……勇者になろうとしていたセイルは……少なくとも、私からしたら誰よりも『勇者』らしかったよ」
「らしい、じゃダメなんだよ……」
あれでもない、これでもない。何といえばセイルは納得するのか……この数ヶ月の付き合いでを思い返しながら、私は言葉を紡ぐ。
「私は、違うと思うの」
セイルも本心で語った。ならば私も、本音で返そう。
「結局……『異能』があるから勇者になれるとは私は思わない。『異能』を持ってても、勇者になれない人はいるじゃない」
私だって、そうだ。魔族だから、本当の意味で勇者になる時は来ない。
ユノも、発現しているそうだが……はっきり言って、セイルの勇者像に叶うだろうか?
レインも、シオンも、リゼも、ミアも、フェイも。
皆違う『想い』がある。その『想い』こそが……人を『勇者』にする。
「それでも─────」
「でもじゃないっ……あぁもう!まだ納得できない?なら!」
私はセイルの肩を掴み、振り向かせ、その碧の瞳を見つめた。
視線と視線が、ようやく交わる。
「私が編入したての時、セイルは私に学園を案内してくれたよね」
「…そうだね」
「嬉しかった。初めての友達になる人かもしれないって、頑張って、色々聞いたの。覚えてる?」
コクリと、頷くセイル。
「私が本を借りたい時も─────初めての実践授業の時、他にも、困ってたらなんでも助けてくれたよね」
「そう、だ……でも、それは……」
「セイルは人を救って、人に頼られて……そんな勇者に憧れているんでしょう?だったらもう……私からしたら、セイルは立派な『勇者』だよ」
「っ……」
今度は言い切る。らしかった、じゃない。
彼の心は、行動は、私以外の多くにも向いて、救っている。彼の想像と、少しぐらい違ってたっていいじゃないか。
「ルナ……僕は……まだ、勇者で居ていいのかな」
「……もちろん。私は、他の誰でもない、勇者セイルのおかげで今こうしてられるんだもの」
「─────ありがとう」
セイルは、短く、されど心の籠ったお礼を1つ、口にした。




