38話 起死回生の一手
「セイル!」
『ゥ…?』
私は無我夢中で、乱雑に魔術を放った。数発は空を切り、3発ほどが当たったことで獣は動きを止めた。
間一髪、セイルが抉られる寸前で間に合ったようだ。
ほっと胸を撫で下ろすも、すぐに目の前の相手に集中する。
「セイル、黒い霧に触れちゃだめ。これに触れると…説明が難しいけど、おかしくなる」
「…今、身に染みて理解したよ」
なんでここへ来たのか、などという野暮は言わずにセイルは肯定のみを口にする。
理解が早い。流石はセイルだ。
「有効打はあった?」
「………ダメだ。真正面からぶつかるのは得策じゃない」
確かにあの巨体にして、先ほどの魔術を意に介さない態度。明らかに普通のハングリーウルフとは違う。
「じゃあ、セイル。少し危険なんだけど────」
私は一つ、ここへ来るまでに考えた策を告げる。セイルは聞いて、頷き…やがて一言のみ、返した。
「…任せて」
そう、短く。
…………
獣は、現状に困惑していた。
餌と遊んでいたのだが、どうしてかまた餌が増えた。その餌はさっきの餌を守るように立ちふさがり、獣に対して笑いかけた。
追いかける、ひっかくも、防がれまた逃げる。
また追いかけて、今度は噛み千切ろうとした。でも、躱されて目を狙われる。
鬱陶しい。餌の癖にと。ふつふつと、遊びだったその行為はどうしてか本物の狩りへ変わってきていた。
だから今度こそと…本気で、大地を踏み抜いたその瞬間。
またも、後に来た餌が不敵に笑った気がして…
気付けば獣は、空を飛んでいた。
…………
「あっぶなかった…」
崖から崩れ落ちていく大狼を見下ろしながら呟く。
無事、策は成功した。
「セイル!生きてる?」
「あぁ、なんとか」
セイルの声は、崖の付近から聞こえてきた。見れば崖に剣を突き刺して、本当になんとか生きている。
すぐに助けなきゃ。いつ落ちてもおかしくは無い。
「掴まって」
「助かるよ」
グッと手を伸ばし、セイルの手を掴む。引き上げようと力と、魔術を使ったその瞬間。
「あれっ…?」
「えっ」
互いに素っ頓狂な声が漏れた。その時にはもう、遅かった。
ガラリと、崖の端が崩れ落ちて────
「あ、あ、あ…ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
薄暗くなりつつある森の中で、私の悲鳴が小気味よく響いたのだった。
* * *
冷たい。冷たい。冷たい。
濡れた感触が気持ち悪い。身体が、重たい。
どうしてこんなことに?
発散しかけた苛立ちが再燃していく。
自分は絶対の強者なのに。自分こそが、あの餌を食らうべきなのに。
どうしてあいつは、笑っていた?
怒り、怒り、怒り、怒り怒り怒り。今すぐに戻って、あの顔をめちゃくちゃにしてやらないと、気が済まない。
川からなんとか這い上がり、毛に染み込んだ水分を散らす。
そうしてまさに向かおうとしたその、刹那。
「少々勝手が過ぎたのでは?愚獣」
フードを被った、白い髪の女が目の前に。また餌が…
「欲にまみれた生き物は嫌いですよ。ほんとに」
女が、動いた────
それを最後に、獣の意識は途絶えた。
* * *
血にまみれた手を拭いながら、ルリエナはその大きな狼の死体を見据える。
「軍師殿が危ないとはいえ…少々やりすぎましたか」
どうにも力が入りすぎた。少し焦ってしまっている。
これでは兄に笑われてしまう。しっかり務めを果たさなければ。
「軍師殿のクラスの方が言っていたのは…この獣のことでしょうね。そして、別れた場所からこんなところまで来ている…」
ここはこの森における唯一の水源である、川。その大本が巨大な滝であることを考えると嫌な予感がしてならない。
「ご無事でいてくれたらいいのですが…」
あれにはまだ生きてもらわなければならない。それだけは確かだ。
引き続き居所を探そうと、振り返った…直後。
「おや、お嬢さん…こんなところで、何を?」
声が掛けられた。その男が視界に入る。
(…まさかこんなところで出会うとは…)
薄暗いからか…一層不気味さを増す翠色の瞳と髪を持つ青年。勇者学園生徒会副会長、シオン・ジグレイド。
男はさもいい人を気取った口調をしているが、ルリエナもルナから危険性は聞いている。
狂気じみた、狩人のような人だと。
「あの大狼は危険だと思いまして、切って入ろうと思いましたが…不要でしたか」
どうやら見られていたらしい。力を隠すことは既に不可能。
ただ、幸いにもルリエナは用心深くフードを被っていたのもあり、顔は見られていない。
今は様子を伺っているといったところか。
「それで、貴方はどうしてここに?」
「…」
なるほど確かに。先の殺し方を見てなお怯みさえしないこの男は言葉通りどこか狂っている。
「だんまりですか…では、質問を変えましょう。……貴方は、魔族ですか?」
予想通り、ルナと会った日以来、性懲りもなく魔族を探し続けているのだ。だったらこの男を、ルナを探させるために動かすわけにはいかない。まだ彼女には学園でやらなければならないことがあるのだから。
だから、ルリエナは────こくり、と一つ頷いた。
瞬間、シオンの目つきが変わったのは言うまでもなく。




