36話 不穏な撤退
落とし穴では限界がある。物理的なものこそ気付かれないから有効だと思っていたがそうじゃないのだと、先の戦いを経て学んだ。
確かに気付かれない、しかし仲間が縛られたのを見て愚直に突っ込むほど阿呆では無いのだ。
相手も、生きるために必死なんだと、そう再度身に染みて実感する。
「…うん、これなら、気付いても避けるのは難しいと思う」
「ルナ、すげぇなぁ。俺にはさっぱりだ」
「シュラトルは前衛なんだし、その役割を果たしてくれれば助かる」
「おう、そこは任せてくれ」
駄弁りながらも、罠の配置を終えた。すぐに動作の確認を行う。
「絶対に引き上げるから、ちょっと入ってみて」
「…ほんとに大丈夫なんだよな?」
「うん…あ、いや、やっぱり向こう側に回ってこっちに来てくれない?罠を避けてくれてもいいし」
「いいんだな?避けちまっても」
私は自信満々に頷く。これはそう簡単に避けられるものじゃない。
それを見たシュラトルが反対側へ回り、助走を付けながらこちらへ向かってきて…飛んだ。
落とし穴だと分かっていれば、当然そうするだろうし、実際ハングリーウルフ達も飛び越えて来ていた。
「飛ぶってことは、着地しなきゃならないんだよ」
「はっ?」
シュラトルが、地へ向かって足を着けた。その瞬間、つるんっ、と勢いよくシュトラルの体勢が崩れた。
「ちょっ、あっぶねぇ!」
「はい終わり」
なんとか空中で体勢を立て直したものの、隙だらけである。
コツンと、私の指先がシュラトルの額を捉えた。
唖然として立ち上がったシュラトルが呟く。
「今のは…泥濘か?」
「うん、単純だけど落とし穴の周りにね。近づくときは気を付けて」
「ほんっとに…すげぇなぁ」
罠の改良は成功だろうか。これならば、先の失敗を繰り返すことにはならないだろう。
そう確信を得たため、私はレイナへ合図を送る。
「準備出来た!皆にこっちに誘導するように言って!」
「オッケー!」
初動に関しては別だったが、今はどこの班も落ち着いて連絡を取り合い連携している。
今はわざわざ引き付けてもらっていたからね。今度はそのお返しだ。
「セイル、ヴェナ、準備はいい?」
「限りなく絶好調だ」
「大丈夫です」
セイルは見たところ変わりは無いが、どこかピリついたように思える。集中しているのがこちらまで伝わっているのだろう。
皆の体調も万全。罠も完璧。後は敵を待つだけ。
「……来ます」
再び、ヴェナの言葉が開幕の合図となった。
…………
……………………
「数は30!前方に21、残りは後方です!」
ヴェナが探知結果を正確に口にする。もうそれを繰り返して十数回にもなるだろうか。
「シュラトル前を押さえろ!僕が後ろを見る!ルナは全体の掃討だ!」
初めの頃と変わり、皆自身のやるべきことを理解しだしている。そのおかげか随分と動きやすい。
「レイナ!支援を切らさないで!」
「分かってる!」
この局面で重要なのは、セイルとシュラトルがどれだけ耐えられるか、そして、どこが脆く一撃で仕留められるか。
泥濘により動きは制限され、セイルの方は一人でも動けている。だがシュラトルの方はいくら何でも数が多すぎる。こっちが優先。
礫のように小さく鋭い。しかし急所を抉れば間違いなく致命となる岩の弾丸。
無数のそれらをまるで的当てのように、ハングリーウルフへと押し付けていく。
…19…20…21。これで全部のはず。
「シュラトル無事?」
「問題ない!」
声が出せるならよし。後はセイルの方を────
「危ないっ!」
「おぉっ!?」
セイルの声に呼応し、シュラトルが回避行動。見れば間一髪。セイルの方から逃げたのであろうハングリーウルフの牙が大地に突き刺さっていた。
「はぁぁ!!」
『ァゥ!……ァァァ!!!』
掛け声と共に、無慈悲な一閃。
最後の一匹であったハングリーウルフはいとも容易くその命を燃やしたのだった。
…………
……………………
* * *
「そろそろ夕暮れだ!戻るぞ!」
シュラトルの一声に皆振り返り、同時に頷く。
今相手していたハングリーウルフを仕留め、魔石を剥ぎ取る。手慣れた作業だが油断はしない。
終わり際が一番危ないのだと、私は知っている。
「罠はそのまま残して!道を作るから!ヴェナ、方向は分かる?」
「はいっ、入り口の方へ導火線を示していますっ!」
緑の光の線が、宙に浮いていた。
流石はヴェナ。言わずともやってくれている。
「セイル、シュラトル!最後まで引き付けて!」
「分かってる!」
光の指す方へ、魔力を練った左手を向ける。そして、頭の中で構築した魔術式を発動させる────
「『風の螺旋』!」
火はダメだ。森が燃えてしまうから。だから…風。一つは一刃に過ぎない。しかし重なったそれは強力な波動と化す。
波動が木々を薙ぎ倒し、強者の足跡を作り上げた。
「今っ!離脱するよ!」
私の号令と共に、ヴェナ、レイナが動き出す。遅れてシュラトルとセイルも殿を務めつつ離脱を始めた。
「ヴェナ!ウルフは見える!?」
「このまま真っ直ぐで大丈……夫?え?あれ?」
ヴェナが突如、困惑と恐怖の入り交じった表情になって、足を止めた。思わず私も、レイナも立ち止まる。
まだ狼らは私達に追いつく様子もない。ヴェナは何を感じ取ったのか…
「なに、これ……なにか、大きなものが、近付いて…る?」
「ヴェナ!しっかり!」
私は立ち止まったヴェナを抱き抱える。
気になるが今は止まっている場合じゃないのだ。だから、再び走って────
何かが近付いている??
「まさかっ…」
────刹那、一瞬にして森は、静寂に包まれた。




