30話 優しい人達
頭がやけに重い。
昨日はあの後、体を引きずってでも寮へと戻り眠りについた。
しかしなかなか寝付けず、何度も何度も寝入っては起きるを繰り返したのだ。
「おはよう、ルナ。今日は起きれたのねぇ」
「ヨル……頭痛い…」
「…うん?確かに顔色悪いかも?それに熱も…」
ヨルが猫の手で、テシテシと私の額に触れる。熱を測ってくれてるみたい。
「どうするの?今日は休む?」
「…そうしたいのは山々なんだけどね…」
出来ない理由もあるのだ。
「あの時、副会長に…この学園に魔族が潜んでるってことがバレたはず、なの」
「あー…呼び方を変えたのはそういうことぉ」
「うん、だからね、休んだら不自然かも…だし、それにこっちは私的な理由なんだけど…昨日、ユノと約束したから」
一緒に見て回ろうと、そう言ったのだ。多少無茶してでもやり遂げようではないか。
「そう……なら私も協力したげるわぁ」
「ヨル…ありがと」
私はおせっかいなヨルに感謝をしつつ、身支度を始めるのだった。
* * *
「おはようございますっ!」
いつものような笑顔を貼り付け、私は生徒会室へと入った。
昨日と同じく、部屋には副会長であるシオンだけが座って書類仕事に取り組んでいた。
まずは生きていたことに安堵。ただすぐに、ボロを出さないように気を張り直した。
「おはよう。ルナ。よく休めたかな?」
「もちろん!今日もしっかり働きますよ!」
「…助かるよ。今日は…」
指示を聞きつつ、適度に相槌を打つ。
シオンは特段、疑っている様子はない…か…?
「ところで、ルナ」
「はっ、はい?」
「この後、少し聞きたいことがあるんだ。ちょっと、そっちの部屋で待っててくれないかい?」
ドキリと、心臓が高鳴ったのを感じた。
やっぱり疑っている…?それとも別件で?
別件の方であってくれと願いながら、私は首肯する。行かないわけにもいかない。これも断るのは少し不自然なのだから。
…………
「わざわざ時間を取らせて悪いね。手短に済ませるつもりだ」
部屋で待っていると、シオンが後から入ってきて扉の鍵を閉めた。
退路を断つ。いかにも彼がやりそうなことだ。
「それで…聞きたいことってなんですか?」
「君は昨日の深夜…確か二時頃だったかな。何をしていたか…話せるかい?」
予想通りと言うべきか。シオンはこの学園に潜む魔族を探している。
彼にとって、未だ仕留め切れていない獲物なのだから当然のことかもしれないが。
「寮で寝ていました」
「本当に?」
一歩詰め寄る。薄暗い部屋でもはっきりとシオンの顔が見えた。
笑っているはずなのに、笑っていない。冷たい視線をこちらに向けている。
昨日と、同じ。
「っ………本当、です」
「随分と気になる間だったけど…まぁいいさ。あまり夜更かしはしないようにね」
「はい…」
シオンは聞きたいことを言い終えると、すぐに部屋を出ていった。私は一人残された部屋で思案する。
「…ばれてない、はず。」
それよりも…そんなことよりも。
先ほどまで相対していたシオンが、やっぱり昨日のシオンと同じで。あの言葉も、仕草も夢なんかじゃなくて。
それが現実であったという事実の方が、よっぱど私には堪えたのだった。
* * *
部屋を出て、生徒会室に。そしてまた別の部屋へとシオンは入る。
「どうでしたか?会長」
「…ルナ・メモリアは無罪だ」
「あぁ、そうでしたか…残念。観測者たる会長が言うなら間違いないでしょう」
ここは生徒会の中でも会長、そして副会長のみが入れる隠れ部屋。先ほどの部屋からの声はよく漏れてくるのだ。
「果てさて、本当にこの学園に魔族が居るんですかねぇ」
「お前はさっさと仕事に戻れ」
「はいはい、学園祭が終わったらまた続き、お願いしますね」
シオンは立ち上がり、部屋のノブに手を掛けた…ところで止まり、再びレインに目をやって尋ねる。
「首…痣が出来てますが大丈夫ですか?」
「心配は無用だ」
* * *
それからのことは、あまり覚えていない。
「ルナちゃん、大丈夫?」
心配そうな顔が、私の視界に入ってきた。ユノだ。
「私は元気だよ?どうかした?」
嘘じゃない。嘘を言っているつもりはない。
元気なはず、だから。
「…無理しないでね」
ユノと約束してたのに、あまり楽しかった記憶が残っていない。
…………
ミアが声高らかに、グラスを持って言った。
「はーい、それじゃ!学園祭成功を祝って!乾杯っ」
ワイワイガヤガヤと、煩い…
ここは、いつぞやかの歓迎会の時のお店…?それに、皆も居る?
「…大丈夫?ルナ」
「セイル?」
「なんだか顔色が優れないみたいだけど」
そうなんだろうか。確かに昨夜からずっと考え事をして、昼間も…昼間、何したんだっけ?
「ううん…大丈夫…だと思う。ちょっと楽しくて、はしゃぎすぎちゃった」
「あまり無理はしないようにね」
あぁ、優しいな。セイルは。それに、他の皆も…優しい。この生徒会に来て、幾度となくそう感じてきた。もう離れたくないと、そう願ってしまうほどに。
『魔族は悪だ。人族にとっての』
ヒュッと、呼吸が浅くなった。飲みかけていた果実水が少し零れる。
「ダメ…」
嫌な言葉というのはどうしてか、楽しいを上書きしていくものだ。
言葉はやがて呪いとなり、私を縛り付ける。
セイルも、ユノも、リゼも、フェイも、ミアも、レインも。
皆、皆…私が魔族だと知ればあんな風に…
「…ちょっと外の空気に当たってくるわね。ルナも来て頂戴」
「リゼ先輩?」
思考が、嫌な方向にばかり進んでいる。気分転換のためにも私は後を追った。
* * *
外に出ると、月を見上げるリゼ先輩が見えた。
彼女の薄紫の髪は、月明かりに照らされて一層綺麗に輝いている。私でさえ、見とれてしまうほどに。
「ふぅ…やっぱり、人の多いところは苦手だわ」
「そうだったんですか?」
「えぇ…でも、今日はどうしてもと…ユノに言われたの」
「ユノに?」
信じられなかった。あの臆病なユノが、苦手意識を持っているであろうリゼ先輩を誘うと思えないのだ。
「ルナが何やらボーッとしてるから、心配って…泣いて頼まれたら来るしかないじゃない」
「えっ…ほんとのほんとに、ユノがそんなこと?」
「言ってこなかったら私は今頃寮の自室で倒れてるわ」
「倒れるんですか!?」
クスリと、リゼが微笑む。
食事の席で少しテンションが上がっているのだろうか。いつもより、雰囲気が柔らかい気がする。
「もう大丈夫そう?」
「気付いてました…?」
「これでも貴方の教育係だもの」
冷えていた胸の内が、温もりで満たされていく。そんな感覚が身体全体に駆け巡っていく。
「ありがとうございます…リゼ先輩」
「えぇ…でも、週明けからはしっかり働いて貰うわよ」
「はいっ、頑張りますっ!」
少しでも、この優しい人たちを疑ってしまった。
そんな自分を恥じた。
シオンは無理でも、この人たちは…
「あっ…」
そもそも、初めから答えはあるのだ。決めつけるなと、自分が誰よりもそう願っていたじゃないか。
知るために、ここまで来たんだから。
「戻りましょう」
「…そうね」
きっときっと…いつか、魔族と人族が、分かり合える日が来る。
今はまだ、そんなに前を向けないけど…願うぐらいは、いいよね?




